萩の笠山にある椿群生林を初めて見た時、他に類を見ない奇観に衝撃を受け、圧倒されました。
枝葉を付けずに細く伸びた幹ばかりが立ち並ぶ椿の純林。薄暗い樹林で上を見上げれば、陽光を求めた葉がはるか頭上で広がっているのが見えます。まるで幽霊のような木々だと思いました。しかし椿の花々が落ちて地上を赤く染めるのを見る時、これらの木々がすべて逞しく生きていることを強く実感します。
ここは人の介入によって、超過密に生きる椿たちが熾烈な生存競争の末に作り出した稀なる景観です。
笠山の歴史と椿群生林の誕生
山口県萩市の笠山は日本海に突き出した半島です。約8000年前に火山島として誕生し、その後、陸続きになりました。同じく日本海に突き出た半島の指月山に毛利氏が1600年に築城して以来、城の北東にあたるため鬼門として「御止め山」の役目を負っていたことから、明治になるまで人手が入らずに天然林として残されました。
明治になり入山禁止が解かれると、笠山は人々の里山として利用されるようになります。シイ、カシ、タブなどの大木は用材として、ツバキなどの雑木は薪として切り出されました。伐採後の土地は火山岩ゆえに田畑に転換されることはなく、昭和30年代(1955~65年)まで燃料の薪炭を得る山としてひたすら切り出されました。
この過程で、次第に椿の割合が増えていったものと思われます。シイ、カシ、タブなどの大木が切られることで低木だったツバキなどに日光が当たるようになります。また林床部の種子も発芽して成長します。切り株となった大木からもひこばえが生じて再生しますが、生命力の強いツバキは何度切られても切り株から新芽を吹き出して成長します。椿サミットの草野氏の基調講演において、古い木ほど株の本数が多いのだという話がありました。切られても切られてもツバキは再生し続け、やがてツバキの割合が増えていったのではないでしょうか。
その後、ガスや石油が燃料として普及すると薪は不要となり、笠山も放置されるようになります。
転換期は昭和45年(1970)に訪れます。笠山を調査に来た薬学博士で椿研究家の渡邊武氏が、雑木やツタを払い整備して椿の観光名所とすることを市長に提言しました。萩市はそれを受け入れ、雑木の除去や道路拡張、遊歩道の整備などに努め、10ヘクタールの広さに約25,000本のヤブツバキの純林が出来上がったのです。35年後の2005年に発行された『椿づくし』には既に椿の名所として笠山椿群生林が紹介されています。2002年(平成14年)8月1日に市指定天然記念物に指定されました。
椿の純林の景観
込み合った枝葉に空を覆われた薄暗い林の中、白くて細い幹が林立し、その根元や小径の上にたくさんの赤い椿の花が落ちている。それがどこまでも続く景色は美しくもあり、神々しくもあり、怖くもあり、一種独特の雰囲気です。
整備し始めたころの写真と見比べるとずいぶん木が育っていて、この景観が少しずつ作られたことが分ります。整備を初めて30年くらいたったころには今に近い様子になっていたようです。
花期は12月上旬~3月下旬と長いのですが、例年2月中旬~3月下旬頃が見ごろとなります。開花は基準木(1999年から基準木7本を指定)すべてが花をつけたときに椿の開花宣言を行っています。
展望台から椿林を望む
林内の展望台に登ると椿林を地上13mの高さから見渡すことができます。天気が良ければ日本海も少し見えます。
見渡すと視界の限り盛り上がる緑の雲海が続きます。濃緑の樹冠に陽光が当たると艶葉がきらめき、合間に赤い花が見えます。ある木は樹冠が赤く見えるほど花が咲いており、樹冠が緑の木は花が終わったのでしょうか。鳥の声を聞きながら飽きることなく眺めていました。
陽光にキラキラと光る椿の木々を見ていると、「つらつら椿」の言葉を思い出します。
「河の辺(へ)のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は」
巻一(五十六) 春日蔵首老(かすがのくらのおびとおゆ)
2012年に来た時は雨模様で展望台からの眺めも今ひとつでした。そこで今回は展望台から笠山全体を見渡してみたい、というのが一番の希望でしたが、訪問した3月19日は晴天となりました。11年越しの望みが叶って満足です。
群生林内の品種
林内の椿はヤブツバキですが、稀に特徴的な花や葉を持つものが現れることがあります。日本ツバキ協会の元会長で椿研究家の桐野秋豊氏が調査した結果を次のように述べています。
花の色も濃赤色、赤紫色、淡紅色など多くの色があり、花の大きさも大輪、中輪、小輪があり、また猪口(ちょく)咲き、筒咲き、平開咲きなど、花の咲き方についても、いろいろなタイプがある。雄しべの筒の色も赤、純白などがあり、筒芯、先端のくっついた先細り芯など、多彩である。また葉の形も鋸歯の深く切れ込んだ「柊葉椿」と名づけたものもある。
日本列島花maps 花の旅「ツバキ」より
多彩な形容のツバキの中には、選別されて、以下の様に品種として名づけられたものもあります。
萩小町、深草の少将、萩の里、笠山侘助、白毛紅、笠山黒、ヒイラギ葉椿、大実の椿(枯死していました)
笠山・椿群生林つばきマップ
(自然の魅力いっぱい!! 笠山・椿群生林より引用)
笠山椿群生林の再生
1970年から椿の観光名所として整備され、椿の純林として育ってきた笠山の椿群生林ですが、それから半世紀以上経ち問題も生じていました。それは、
- 過密状況で光を奪い合い上へ成長した結果、負けた木は枯れる
- 生き残った木も樹勢が衰える
- 病気の発生
などです。
こうした問題を解決して将来にわたって存続させるために、萩市では椿群生林の再生事業を開始しました。
2019年(令和1年)から条件を変えながら伐採萌芽試験を行い、約2ヘクタールの椿林の更新を計画しています。一方で保存予定地も設けて現状の推移を見守ります。
方法は、区画を決めて地上70cmや2mで一斉に伐採し、切株から萌芽するのを待つというものです。区画を一斉に切り払った場所に切株が林立する様は奇異な感じですが、既に芽吹いている木も多くあります。これらの木々がこれからどのように育ってゆくのか、どのような樹形を作るのか、いつころ林の形になるのか、興味の尽きないところです。
椿まつり
毎年3月には群生林内の広場で椿まつりが行われます。
広場のテントでは萩ゆかりの土産物が並び、林内の椿から採った種子から絞った椿油の展示がありました。一際目立ったのが緑のシートの上に広げられた造花の椿の花。何かと思ってみると、なんと対象のお店で使えるクーポンなのだとか。斬新で楽しいアイディアです。
また広場の山側のには各自治体のツバキが植えられていました。
<訪問日:2023年3月19日(日)晴天>
データベース
【名称】笠山椿群生林(かさやまつばきぐんせいりん)
【大きさ・形状】約10haに約25,000本のヤブツバキが自生、樹高10mを超える木もある
【花期】 12月上旬~3月下旬、例年2月中旬~3月下旬頃が見ごろ
【所在】山口県萩市椿東越ヶ浜
【備考】
・営業時間:24時間、入園料無料
・定休日:年末年始
・問合せ:一般社団法人萩市観光協会 Tel 0838-25-1750、E-mail: Mail info@hagishi.com
・椿の開花期間(12月上旬~3月下旬)に「椿見どころ案内人」が群生林内を案内してくれる。
椿まつり期間中の土・日・祝日:10:00~15:30は予約不要 無料、申込み/椿まつり会場にて受付
それ以外は予約制(ガイド料2,000円)、申込み/NPO萩観光ガイド協会 電話0838-25-3527
・【公式サイト】萩市観光協会公式サイト:https://www.hagishi.com/tsubaki_about/
アクセス
- JR東萩駅から車で16分、JR萩駅から車で25分(駐車場有)
- 椿まつり期間はシャトルバスあり
参考文献
・自然の魅力いっぱい!! 笠山・椿群生林,萩市観光課,2022.3
・笠山群生林「再生物語り」2023.3.18
・椿づくし,講談社編,講談社,2005
・日本列島花maps 花の旅「ツバキ」,日本ツバキ協会監修,北隆館,1996
・萩市観光協会公式サイト:https://www.hagishi.com/tsubaki_about/
・おいでませ山口県観光サイト:https://yamaguchi-tourism.jp/spot/detail_14013.html