「酒列磯前神社(さかつらいそさきじんじゃ)の樹叢(じゅそう)」とは難読漢字の連続です。平安時代創建され江戸時代に現在の場所に遷宮された酒列磯前神社。その境内には大規模な樹叢が広がっており、参道には樹齢300年を超えるという椿の古木が花を咲かせます。
参道の椿
樹叢(じゅそう)とは、Weblio辞書やコトバンクによると、植生によらず自生した樹木が密生している樹群で、鎮守の森などの神社境内の社叢などに見られることが多い、とあります。つまり自然にできた元々の植生ではないけれど、人が植えたり守るなど関与したり、鳥などによって他所から運ばれた種子が根付いて環境が合っていたので繁殖した、などの経緯で出来上がった樹々の茂った場所を指すのでしょう。
酒列磯前神社の樹叢は、参道と本殿脇から後ろに広がる森からなっています。面積は38,837㎡、ひたちなか市の磯前海岸に面する台地の上にあり、海側から突き出した半島を見ると、まるで木に覆われた船のよう。これらの木々は元禄15年(1702)に酒列磯前神社が現在の地に遷宮されて以来、手厚く保護されてきたとのことです。
参道は300mにおよび、その両側にツバキやタブノキの高木が並びます。木々は参道の上を覆うように枝葉を伸ばして鬱蒼と茂っているので、まるでトンネルのようです。堂々とした太い幹に長い腕のような枝をくねらせて伸ばすタブノキは巨人のように見えます。奇観であり荘厳です。参道には他にオオバイボタ、スダジイ、ヒサカキなどの常緑広葉樹が育っています。
参道を優占するヤブツバキは毎年冬から春にかけて花を咲かせます。中には樹齢300年を越える古木椿もあります。どの木も先終わった花は樹上を離れると参道に落ちて落椿となり、地面を赤く飾って参拝者を楽しませてくれます。
初めて訪問した時は11月の花のない時期でした。大きく枝をくねせ伸ばすタブノキの姿が圧巻でしたが、いつか花の時期に訪問しようと思いました。それから3年後の2021年3月半ばの晴れの日、低気圧の前線が通過した翌日に訪ねると、ちょうど椿は花の最盛期を迎えていました。境内には木を覆わんばかりに真っ赤な花を咲かせる古木椿が何本も現れていました。
鳥居を潜って参道に入ると、参道に張り出した椿の花で出迎えられました。
参道を落ちた椿の花が赤く染めています。参道は高木が多いのでその下で咲く椿は目立たないのですが、参道の外側や日と当たる場所にたくさん咲いています。
参道を進んで二つめの鳥居をくぐると本殿が見えます。
左手には今は使われていない建物と、その屋根を覆うように大きく枝を広げた大椿。見上げると天井のよう。屋根にも参道にも花を落としています。幹はとても太く、大人の一抱えでも足りません。よく見ると2本上の木が合着しているようです。隣り合った木がくっついて一つになり、立派な一本の木になりました。
その手前に「斉昭公(なりあきこう)お腰かけ石」や「幸運の亀の石像」があり、椿の花が供えられています。石の亀は高額当選者の奉納で、触ると御利益があると評判です。秋に来たときは木の実が供えてありました。
本殿の背後に広がる森
本殿にお参りしてからぐるりと周囲をまわると、幾本かの古木椿が溢れるほどに花を咲かせているのが見えます。奥に入る事はできませんが、垣間見える限りでも本殿を囲むように広がる森には椿が多くあるようです。
本殿脇から背後に広がる境内林は、スダジイ、タブノキなどが樹高15~20m程の高木層を、ユズリハ、モチノキ、ヤブツバキ、シロダモなどが亜高木層~低木層を構成しています。禁足地的に扱われていたため比較的自然度が高く鬱蒼としています。ここから太平洋側の斜面にかけて、常緑広葉樹に加えて、ハマギク、ラセイタソウ、シャリンバイなどの海辺植物も混生しており、海辺地特有の自然林が形成されています。こうした暖帯性樹叢を含む常緑広葉樹林は、かつて関東地方に広く分布していたといます。しかしながら薪炭に利用されたり土地開発などの人為な影響によって失われ、次第に落葉広葉樹林へ姿を変えています。
酒列磯前神社の樹叢は大規模に残された貴重な暖帯性樹叢であり、2005年に茨城県指定の天然記念物に指定されています。鳥居を潜った参道の入り口に解説版があります。
神社の道を挟んだ田んぼの一角に大きな椿の木があったので近づいてみると、数本の椿と何種類かの木々が小さな石の祠を取り囲んでいました。いつの時代かに誰かが祠を立て、その周りにこれらの木々を植えたのでしょうか。あるいは鳥が運んだ種子から芽吹いて育ったのかもしれません。人知れぬ土地の歴史に想像が働きます。
酒列磯前神社の由緒
神社の御由緒記によると、主祭神に少彦名命(すくなひこなのみこと)、配祀神に大名持命(おおなもちのみこと)をお祭りし、平安時代の斉衡3年(西暦856年)に創建された由緒のある神社です。少彦名命と大国主命(大名持命の別名)の二柱の神は、日本神話の中でともに力を併せて国造りをした神様です。
創建の由来について、公式サイトでは「文徳天皇実録」(平安時代編纂)によるとして、このように書かれています。
斉衡三年(856年)12月29日、常陸国鹿島郡大洗の海岸に大名持命と少彦名命が御降臨され、塩焼きの一人に神がかりして名乗りを挙げて、日本の国を造り終えてから東の海に去ったが、いま再び民衆を救うために帰ってきたと託宣した。そこで酒列磯前神社(現在のひたちなか市磯崎町)と大洗磯前神社(現在の東茨城郡大洗町)が創建され、少彦名命が酒列磯前神社の主祭神に、大名持命が大洗磯前神社の主祭神としてお祀りされることになった。
このことから二柱の神々をそれぞれお祀りする酒列磯前神社と大洗磯前神社の二社は一対の神社であることがわかります。
その後、元禄3年(1690)に本社を参拝した水戸光圀が遷宮を命じ、元禄15年(1702)、酒列磯前神社は現在の地に遷宮されました。
小彦名命の神は、医療薬学の祖神であり、酒造・醸造の神、知恵の神、温泉に所縁のある神様でもあります。ほかにも海の神の恵美寿様と称され海上安全・大漁、商売繫盛の神様としても広く尊崇されます。酒列磯前神社の「酒」の字は少彦名命が酒神の御神徳に沿って字を当てたのではないかとも考えられています。
椿の御朱印
境内では椿模様のお守袋に収められたお守りも用意されていました。また3月限定で椿の絵のついた台紙の御朱印がいただけます。それだけ樹叢の椿を見に来る方が多いという事なのでしょう。椿好きにはとても嬉しいお土産です。
<訪問日:2021年3月14日 晴天>
データベース
【名称】酒列磯前神社の樹叢
【コレクション】 ヤブツバキが多い、樹齢300年を超えるヤブツバキの古木あり
【花期】
【所在】〒311-1202 茨城県ひたちなか市磯崎町4607番地2
【備考】
・茨城県指定天然記念物 平成17年(2005年)指定
・酒列磯前神社境内のため自由見学
・問合せ:茨城県教育庁 総務企画部 文化課 bunka@pref.ibaraki.lg.jp
【公式サイト】酒列磯前神社:https://sakatura.org/keidaiannai/
アクセス
- 電車:ひたちなか海浜鉄道 磯崎駅から徒歩で10分 JR勝田駅乗換
- 自動車:常陸那珂道路 ひたち海浜公園ICから車で10分 常磐自動車道~北関東自動車道経由
参考文献
- 酒列磯前神社パンフレット、現地案内版、石碑
- 茨城県教育委員会 県指定文化財天然記念物 酒列磯前神社の樹叢:https://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/bunkazai/ken/tennen/14-63/14-63.html
- 酒列磯前神社公式サイト:https://sakatura.org/