宮越家詩夢庵「春景花鳥図」「秋冬花鳥図(複写)」拝見

「春景花鳥図」と「秋冬花鳥図(複写)」の特別展示

青森県中泊の旧家宮越家が所蔵する「春景花鳥図」と大英博物館が所蔵する「秋冬花鳥図」の2点の襖絵がひとつながりであることが、2024年に元京都国立博物館主任研究員山下善也氏によって指摘され脚光を浴びました。2025年春と秋に宮越家の離れ「詩夢庵」にて「春景花鳥図」と「秋冬花鳥図」の高精細複製品が同時に公開されました。2025年秋の公開に実見する機会を得ました。

宮越家_詩夢庵「春景花鳥図」「秋冬花鳥図(複写)」20251025

2つの襖絵の流転

「春景花鳥図」と「秋冬花鳥図」の襖絵は、桃山時代末から江戸時代初期頃に狩野派の絵師により描かれ、元は奈良の談山神社にあったものが明治の廃仏毀釈の混乱によって流失したとされます。2つの襖絵はそれぞれ、「春景花鳥図」は1922年宮越家9代目当主宮越正治氏が購入し所蔵。「秋冬花鳥図」は1937年から大英博物館に収蔵されています。別れ別れになった襖絵はその後、長い間それぞれの場所でひっそりと収蔵されていました。

 

再会までの流れ1:

この襖絵が談山神社の旧蔵品であるとしたのは恩賜京都博物館(現京都国立博物館)鑑査員と館長であり、京都工芸繊維大学教授を務め、障壁画研究し近世の画家についての論考を発表した土井次義(どいつぎよし/1906〜1991)でした。

土井は更に「秋冬花鳥図」の右端に椿と梅が描かれていることから推察して、元は右に続きとなる春夏の花鳥図があった可能性を指摘しました。(「海外の襖絵と狩野孝信」1982,日本美術工芸528,529,日本美術工芸社 [編]日本美術工芸社)

 

再会までの流れ2:

大英博物館の「秋冬花鳥図」はCanonによる「綴プロジェクト」で高精細複製品が作成され2018年に旧蔵元である談山神社に奉納されました。

2024年、元京都国立博物館主任研究員山下善也氏は「春景花鳥図」と「秋冬花鳥図」がひとつながりであることに気づき発表します。二組の絵がひとつながりであることは、絵図の連続性、金銀箔による装飾技法の一致、引手金具の意匠の一致などから判定されました。

そして2025年春と秋の特別公開で宮越家の「春景花鳥図」と談山神社の「秋冬花鳥図(複写、原本所蔵:大英博物館)」は、談山神社を離れて約150年ぶりに宮越家において再会したのでした。

 

絵図の連続性、椿が結ぶ二つの襖絵

今回の宮越家の展示は「春景花鳥図」の襖を正面に、部屋の右側に「秋冬花鳥図」を3点、左手の廊下側に「春景花鳥図」に繋がる1点を配置するという変則的な状態でした。実際の季節と絵の繋がりだと、「秋冬花鳥図」を左に「春景花鳥図」を右に置く配置となりますので、変則的な展示は2つの襖絵をつなぐ部分、つまり紅白の椿が連続して見えるようにという配慮だと思われます。脳内で正しい形に再配置すると左端から季節が、秋、冬、早春、春と移りゆくのが分かります。

展示配置<「秋冬花鳥図」本来左手、展示は奥側>

宮越家_詩夢庵「秋冬花鳥図(複写)」20251025

<「秋冬花鳥図」本来右手、展示は左側>

宮越家_詩夢庵「春景花鳥図」20251025

「秋冬花鳥図」には岩の間に笹や紅葉の楓、芙蓉、雪を持つ檜、茶の木が生え、右端の岩の上に白椿が咲いています。もしくは季節が秋で白花なので山茶花の花かもしれません。雁、鴨、セキレイなどの小禽類が描かれています。

 

「春景花鳥図」では遠景に山が見え、ゴツゴツした岩肌の渓流が手前側へ流れてきます。水の流れは手前で左端の岩に至り、その岩上には白花の椿と紅花の椿、白梅が咲いています。画面右手からは満開の桜の大木がいっぱいに枝を伸ばして春爛漫を讃えており、松や笹が生え、鴨、鶯、雉の親子が見られます。

 

春景花鳥図中央の春の景色において渓流を流れ来る雪解け水は、左の冬景色の池に流れ込んでゆきます。季節は左から右へと、水の流れが右から左へと移ってゆくことで、季節が巡り、循環していることを感じます。

宮越家_詩夢庵「春景花鳥図」20251025

二つの襖絵は繋がる部分を中央にして景色が重なりあっていますが、そこに同じような筆使いで描かれた白椿と紅椿があることによって連続性がより明確になり、一連の絵画であることが強く印象づけられます。

「秋冬花鳥図」右端の岩上に数輪咲いた白花椿はよく目立ちます。よく見ると白椿の間に真っ直ぐ上に伸びた細い枝があり別の白花が咲いているのが見えますが、それは春景花鳥図の梅の花にそっくりです。なるほど、椿と梅の花が2つの襖絵を繋ぐ様子を確認できました。

絵解きしてみる

更に絵を細かく見ていくと、いろいろ面白いことが見えてきます。

「秋冬花鳥図」には雁や鴨といった水鳥や小禽が多く描かれています。品種は正確にはわかりませんが、水鳥はマガン、トモエガン、キンクロハジロなど、雪持ち檜にとまるのはムクドリとホオジロ、チャノキにいるのはモズ、右下の水辺などにいるはハクセキレイではないかと思います。

「春景花鳥図」の左上を飛ぶ2羽の鴨は「秋冬花鳥図」の池を目指しているようです。鴨の下の梅の木にはウグイスが2羽とまり、右へ目を移すと満開の桜の下に雛を連れた母雉と少し離れて雄雉がいます。

面白いことに、秋の景色には雁の群れ、冬の池や空には水鳥が番いであるように2羽ずつ、春にはキジの家族連れ(雛は8羽いるように見えます)といったように描かれています。時の経過を示すとともに子孫繁栄の意も込められているのではないでしょうか。

 

二つの襖絵が描き出すおおらかな景色からは生々流転と繁栄を感じます。豊かな色彩と金銀で華やかに彩られた画面全体には吉祥が溢れていて、見ていると多幸感に包まれました。150年ぶりに再会したという襖絵を同じ場所で見ることのできた幸運に感謝です。

特別展示後に「秋冬花鳥図(複写)」は談山神社に戻されるとのことでが、いずれ「春景花鳥図」も高精細複製品が作られて談山神社で再現展示がされる事があるのではないかと楽しみにしています。

 

宮越家の詩夢庵(しむあん)と清川庭園

宮越家離れ詩夢庵は小川三知のスレンドグラスが有名で、テレビでも紹介されたことがあります。また離れに面する大石武学流をアレンジした清川庭園が知られます。いずれも9代目当主の宮越正治が潤沢な財を投じ、己の美意識を発揮して整備したものです。

詩夢庵は正治が妻イハの33歳の誕生祝いに贈った離れで、夫婦はここで詩歌を読んで過ごしたそうです。詩夢庵を有名にした3つのステンドグラスは大正から昭和初期に活躍したスレンドグラス作家、小川三知の作品です。高度な技法と柔らかな線や詩的で絵画のようなデザインで、津軽の十三潟(じゅうさんこ)を描き、あるいは春夏秋の植物を描き出して津軽の季節の景色と溶け合います。風呂場の川柳と翡翠のステンドグラスは非公開ですが、以前にT V「美の巨人たち」で見ました。この爽やかな情景のステンドグラスを見るには昼間に入浴することになりますね。

宮越家_詩夢庵涼み座敷の間20251025

宮越家_詩夢庵窓の間より丸窓ステンドグラス「十三潟景観」小川三知20251025

ステンドグラス以外でも、詩夢庵の建具や調度品は高級材が使われ凝った造りをしていて見どころ満載です。廊下は見事な木目の幅広ケヤキ板、天井板の木模様の幅広板、床柱が途中で切られているので何事と思いきや、切り口は中心の角材の四方を美しい木目の材で囲んだ凝った造りになっています。柱に掛けられた能面は能面師後藤良の作で、山蘭の間と奥の間の欄間も後藤良が彫ったもの出そう。手洗い所の目隠しまで繊細な透かし彫りです。一つ一つ挙げてはキリがありません。廊下のガラスが大正時代のゆがみガラスも味わいがあります。

宮越家の庭を、母屋に付随する大石武学流庭園と、離れに付随する枯山水・池泉庭園の清川庭園の2つ拝見しました。大石武学流とは青森津軽地方に独特の作庭で、巨石を用いた荒々しい自然のような景色が印象的です。いくつかの大石武学流の庭を見て特徴的だったのは、石の存在感がある事、母屋の沓脱石から礼拝石(らいはいせき)とつくばいに伸びてゆく二筋の飛び石があること、自然石を用いた野夜燈(やどう)と呼ばれる燈篭、遠山石、枯滝や枯池があることなどです。とはいえ現存する金平成園(澤成園)、成美園、瑞楽園など幾つかの名勝を見ましたが、少し異なっており大石武学流の定義まではわからず、独特で素晴らしい庭の雰囲気を味わうにとどまりました。

今回の旅は、かつて談山神社にあったという二つの襖絵が椿によって取り持つ構図であったことを確かめ、その様子を味わうものでした。目的以上に素晴らしい体験ができて印象深い椿旅でした。

 

<訪問日:2025年10月25日(土) 晴天>

 

データベース

【名称】宮越家離れ・庭園令和7年一般公開 襖絵特別公開

【所在】青森県北津軽郡中泊町 宮越家

【備考】

・特別展示期間:(春)2025年5月23日〜6月29日、(秋)2025年9月2日〜11月2日

・チケット:2500円、現地への直接来場不可(シャトルバスで送迎のみ)

 

【公式サイト】

中泊町文化観光交流協会:宮越家離れ・庭園令和7年一般公開

 

アクセス

・シャトルバス乗り場まで車か公共交通機関利用

 

参考・引用文献

・令和7年一般公開 数奇な運命をたどった二組の襖絵 一五〇年の時を経て再会 宮越家離れ・庭園 パンフレット

・綴プロジェクトがつないだ二組の襖絵 「秋冬花鳥図」と「春景花鳥図」パンフレット

・綴プロジェクトがつないだ二組の襖絵 「秋冬花鳥図」と「春景花鳥図」,YouTube:

・大正浪漫かほるステンドグラス 宮越家離れ・庭園 パンフレット

・海外の襖絵と狩野孝信,土井次義,日本美術工芸528,529,日本美術工芸社 [編]日本美術工芸社,1982