椿という文化

「巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を」
そう坂門人足に歌われた万葉の時代から、椿は人々の心に語りかける何かをもつ木でした。
この国の風土に深く根ざした椿は、私たちの生活に溶け込んで多様な文化を形成しました。華麗な園芸品種の花々、椿油、各地にある古木や名椿、椿にまつわる逸話や伝承、茶の湯で愛される花、絵画や工芸品のモチーフ、椿の炭・・・。
椿は今、世界中で愛される花となりましたが、ここ日本では、椿という文化をより深くより広く体験できます。
美しく、奥深く、多彩で魅力的な椿の世界。
これからも椿という文化を楽しみたいと思っています。

東山つばきガーデン

御殿場つばきガーデン20190405_2

2019年春にオープンした東山つばきガーデンは個人の所有地に作られた椿の庭です。森林の中に作られたその庭園は、その広さも規模も個人の庭とは思われません。ここは椿を愛する母と娘の2代にわたって受け継がれた稀有で愛すべき椿の庭園なのです。

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第29回全国椿サミット御殿場大会

御殿場と椿

「御殿場」と聞いて「椿」を思い浮かべる人は多くないでしょうが、この辺りはヤブツバキが多く見られる場所です。御殿場にまつわる椿の話は、奈良時代の呪術者である役小角が富士山を彩るために伊豆大島の椿の種子を撒いたという伝説があります。また、暴風から家や畑を守るための風除け、火伏せとして椿の木を生垣とし、椿油を採ったという暮らしの歴史もありました。
今も古い家などには名残の生垣が見られます。
そして2016年には柴怒田の民家から東山旧岸邸に「太郎冠者」という品種の椿の古木が移植されたことが脚光を浴びました。その樹齢約400年といいます。太郎冠者の移植に伴い椿への関心が活発になりました。

そして2019年4月6日(土)、7日(日)御殿場市は第29回全国椿サミットが開催されました。全国椿サミットは、毎年日本のどこかの椿に関する自治体で行われる椿のイベントです。 折しも桜祭りと同じ日であり、天候も幸いして、暖かな晴天の元、桜と椿の咲き誇る華やかで美しい祭典でした。

全国椿サミットの概要

全国椿サミットは年に一度、日本のどこかの椿に関する自治体で行われる椿のイベントです。毎年椿の愛好者や椿に関する自治体や団体が参加します。もちろん私は今回も参加です。たくさんの椿友と再会しました。
第29回全国椿サミットは御殿場市おいて、2019年4月6日(土)、7日(日)に開催されました。大会関係者に伺ったところ、今年の参加者は日本ツバキ協会会員は約320名だったそうです。

初日のメイン会場は御殿場市民会館。こちらで日本ツバキ協会やサミット協議会の各種会議が行われたほか、地元の方々による展示や野点、椿の新品種の人気投票、午後からは地元の一般の方も交えてのセレモニーや椿に関する講演が行われました。

夕刻からは御殿場高原時之栖(すみか)にて椿の愛好者が集まって交流会が行われました。
2日目は、東山旧岸邸に移植された樹齢400年と目される太郎冠者の古木の視察、秩父宮記念公園に新たに整備された椿園の視察が行われました。

椿サミットの会場と展示

椿サミットのメイン会場の 御殿場市民会館では、これまで日本ツバキ協会によって新花登録された椿の新品種の写真展示と、来場者にその花に人気投票をしてもらうイベントが行われました。参加者は展示された様々な花容の椿花の写真を見て、ヤブツバキとはかけ離れた八重咲きや 獅子咲き 、華やかな絞りや斑入り、変わった唐子咲きの品種の椿を見て、「こんなにいろいろな種類があるのですね」「これも椿ですか」と驚き、熱心に見入って自分好みの花を探して投票していました。

展示会場には椿をモチーフにした初夏や絵画、板絵、食器、活花など、様々な作品が飾られました。御殿場趣味の会の方々が 展示してくださったようですが、
あまりにたくさんでとても見切れないほどです。

そして中央には『椿花図譜』の複製が長く広げられて展示されています。『椿花図譜』は1700年頃、江戸時代元禄期に作成されたと推定される椿の園芸品種の花を写生して集めた図録です。その数720種! 宮内庁所有ですが、原色原寸の姿で限定1500部発行されています。複製とはいえ中を広げて見られることはないので 貴重な体験です。時間があればゆっくり見たかったことが心残りです。


また最奥には野点の席が設けられ、和の雰囲気の中で抹茶と椿の練り切りが振る舞われました。

椿の花をかたどった練り切り

東山旧岸邸の太郎冠者

東山旧岸邸の車回しにある椿は太郎冠者という品種の古木。今回の椿サミットのシンボルツリーとも言えましょう。御殿場で全国椿サミットが開催されることになったのも、この木があったからといっても過言ではりません。
そして新東名高速道路の建設のために伐採されるところだったこの木を、御殿場市に掛け合い、もとの柴怒田から東山旧岸邸に移植して守ったのは、御殿場椿の会の活躍よるところが大きかったでしょう。

旧岸邸の太郎冠者は樹齢400年ともいわれる古木です。
太郎冠者という品種は京都や西日本では、織田信長の弟で有名な茶人であった織田有楽斎が好んだと言われることから有楽椿とも呼ばれます。非常に謎に満ちた貴重な椿です。

>東山旧岸邸の太郎冠者へ

旧岸邸では、今回のサミットに合わせて『百椿図』を模した活花の展示を行っていました。これはとても素晴らしいものでした。何しろ旧岸邸自体が一つの美術品のような数寄屋造りの美しい建物です。そこに華麗に飾られた椿はうっとりといつまでも見ていたいくらいです。

百椿図 旧岸邸20190407_9

隣接するとらやカフェでは椿サミット参加者に、椿サミットを記念したどら焼きとほうじ茶が振る舞われました。のどかな春の日差しの中、戸外でいただくどら焼きとお茶はことさらおいしく感じました。

他にも虎屋では椿サミットに合わせて椿をテーマにした和菓子のデザインを公募し、それを実際に作って販売していました。ぜひ食べて見たかったのですが、見学時間にはまだ販売されていなくてとても残念でした。

かわりに旧岸邸の売店で椿のジュレをお土産に買いました。これはいつも置いているものですが、女性向けのお土産にピッタリです。綺麗で優雅な気分を味わえます。

秩父宮記念公園

御殿場市の秩父宮記念公園は、大正天皇の第二皇子の秩父宮雍仁親王と勢津子妃が過ごした元別邸を整備、公開した公園。勢津子妃の遺言により御殿場市に寄贈されたのち公園となりました。折も桜の季節、枝垂桜の古木も満開を迎えて華やぎ、園内は家族連れで賑わっていました。

茅葺の母屋では、椿サミットに合わせて椿をあしらった生花がたくさん用意され、見学者の目を楽しませていました。

園内には樹齢300年の藪椿もあり、藪椿を主体とした椿園として構成しているようです。

この秩父宮記念公園が椿サミットの視察場所に選ばれたのは、秩父宮勢津子妃殿下御命名の「三浦乙女」という名の椿が、この度のサミットに合わせて記念に植栽されたからです。植えられたのはまだ小さな木でしたが、これからこの秩父宮記念公園のシンボルツリーになっていってくれることでしょう。

もともと秩父宮記念公園には小さな椿園もありました。あまり手入れされていなかったその場所は今回の椿サミットに向けて3年間で改良されました。かなりハードななスケジュールですが、原野のごとく荒れていた園は公園の体をなすまでになっていました。これには御殿場市内の多く方々がボランティアで参加されたそうです。素晴らしいことです。

こうして生き返りつつある椿園を視察しました。 コレクションの内容もまだこれからかな?という感じですし、名札の間違いも見られますが、これからよい椿園にしていってほしいものです。

その一方で公園の外側と隣接する駐輪場の生垣には美しい椿の品種の花が多くあり驚きました。高い木下の薄暗い場所に小さく刈り込んである生垣にはもったいないような綺麗な園芸品種の椿です。
もう少しここの椿の生垣を大事にしてもらえると嬉しいと思います。


<訪問:2029/4/6,7>

東山旧岸邸の太郎冠者

太郎冠者という椿は不思議な椿です。室町時代から江戸時代初期に生まれたとされますが、その生来は定かではありません。 中国から輸入されたツバキ属の原種と日本のヤブツバキとの間にできた雑種で あるというのが定説です。12月から4月頃にかけて咲く花はやや青みを帯びた薄いピンク色。その不思議な色合いは赤いヤブツバキを見慣れた当時の人々の心を魅了したことでしょう。
太郎冠者は京都や西日本では、有楽椿(うらくつばき)とのよばれます。織田信長の弟で有名な茶人であった織田有楽斎が好んだと言われることによります。

東山旧岸邸の車回しにある太郎冠者は推定樹齢400年、とても古い木といえます。
この太郎冠者の古木は、もともと御殿場市柴怒田(しばんた)の江戸時代から続く農家、瀬戸勇夫氏宅の庭先にあったものです。岸信介元首相が所望したが、主は「瀬戸の家宝であるから」と首を縦に振らなかったそうです。しかし近年、新東名高速道路の工事に伴い一度は伐採されることが決まります。あわやというところを、御殿場椿の会の働きかけにより御殿場市が保存を決定、 縁ある東山旧岸邸に移されました。
移植は2年間据え置く根回しを行い、数年がかりで実行されました。その様子は「樹齢400年の太郎冠者を移植する」(椿55号,2017)に詳しく載っています。

御殿場東山旧岸邸太郎冠者20170201_1
御殿場東山旧岸邸太郎冠者20170201

私がはじめてこの木を訪れたのは、移植翌年の2017年2月1日でした。木を守るための覆い布を幹に巻き、支柱に支えられた木は園芸品種とは思えないほど背が高く圧巻でした。移植した割には枝を多く残されているのは、2年後に控えた全国椿サミットでお披露目するための見栄えを重視したためなのでしょう。このことで樹勢の回復に余計に時間がかからないか、 樹勢が衰えたり枯れたりしないか心配したものです。
花は数輪咲いていましたので、これが太郎冠者荏あることは見て取れました。

柴怒田の瀬戸家にあった頃の日本ツバキ協会の鑑定書(2013)によると、移植前の木は樹高約8m、枝張約12m。地際の少し上で数本の太い枝が合着し、地上90cmで幹回りは約180cm、その上から5本以上の太枝が分岐するとあります。状態から見た推定樹齢は少なくとも300年以上。
御殿場市は推定樹齢400年と発表しています。『静岡新聞』によると 瀬戸家が柴怒田に移り住んだ1700年頃には既にあったということです(2015年12月31日付)。つまり、かの宝永の大噴火(1707)を生き抜いた逞しい木といえます。

全国椿サミットでのお目見え

全国から椿の愛好家や関係者が集まる全国椿サミット、今年は2019年4月6日(土)、7日(日)に御殿場市で開催されました。太郎冠者を見学した7日日曜日はお天気も良く暖かく、桜も満開。まさに春爛漫でした。

幹を覆っていた保護布は取り払われていました。花は数輪のみ見られました。今年の花付きは今一つだったようですが、昨年はとても花付が良く、咲き終えた花が地に落ちて木の下をピンク色に飾ったそうです。

太郎冠者 旧岸邸20190407

樹勢の回復にはまだ時間がかかるでしょうが、椿は長寿の木です。長寿の木に相応しく、私たちは樹勢回復や樹形が整うまで末長く見守りたいと思います。

太郎冠者のお土産

東山旧岸邸は岸信介元首相の自邸として、 建築家・吉田五十八 の設計で1969年に建てられました。 伝統的な数寄屋建築の美と、現代的な住まいとしての機能の両立を目指して設計され 、快適さと豊かさを感じさせてくれます。特に茶室、そして庭を望む食堂はとても素敵です。食堂の大きなガラス戸を開くと、庭はまるで一幅の絵の様に広がります。この食堂や隣室の今から庭を眺めていると忙しさを忘れて、豊かな時間の流れを感じるのです。
2003年に御殿場市に寄贈され、今は和菓子の虎屋が指定管理者として管理運営しています。お土産コーナーもあり、有楽椿のオリジナル手ぬぐいや、その手ぬぐい布を張ったうちわ、椿の花びらで作ったジュレなどが買えます。

椿の花びらのジュレ

柴怒田時代の太郎冠者

太郎冠者について調べていたところ、椿友が柴怒田の瀬田家にあった頃の彼の木の写真をくれました。
脇に小川が流れていており、椿は川より向こう側には根を伸ばすことが出来ていません。背丈は母屋よりもはるかに高く、軒先に触れんばかりに育った太郎冠者の古木。この家系と歴史を共にした長きの歩みを終え、今は転居した主と別れて、自らも新天地に根を張ろうとしています。

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柴怒田の太郎冠者 伊藤哲郎氏2013/2/9撮影

データベース

【名称】東山旧岸邸の太郎冠者
【花期】12月〜4月
【所在】〒412-0024 静岡県御殿場市東山1082-1
【備考】
・開館時間:10:00~(4月〜9月)18:00、(10月~3月)17:00
(入館は閉館時間の30分前まで
・休館日:毎週火曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日
・入館料:大人300円
・問合先:TEL.0550-83-0747
・公式サイト:https://www.kyu-kishitei.jp/

アクセス

・JR御殿場駅からタクシーで約15分。

ヤブツバキの里 御殿場

霊峰富士の裾野にして優雅な別荘地帯、家康の御殿が作られた御殿場が、「ヤブツバキの里」であることはあまり知られていません。この地にヤブツバキが多くある理由について、役小角が富士の麗にヤブツバキの花が咲いたら美しいだろうと思い種子を蒔いた、という伝説があります。
ランドスケープデザイン、もしくはインスタ映えとでも言えましょうか。

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等持院の有楽椿

有楽椿 等持院20190202

夢窓疎石作と伝わる等持院の庭に降りて左手に茶室清漣亭、右手に池を見ながら小高い場所に向かって伸びる細い通路を登ると、京都随一の樹齢を誇る有楽椿に辿りつきます。

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