戸栗美術館 鍋島焼の椿文

陶磁器専門美術館である戸栗美術館は今年2022年に開館35周年であり、それを記念して特別展が4本目立てで行われます。第一弾は「鍋島焼―二百年の軌跡―」2022年4月1日(金)〜7月18日(月・祝)。今回、椿文の作品が5点展示されています。

ラウンジトーク「鍋島焼入門」に参加して鍋島焼の勉強もさせて頂きました。

献上品であった鍋島焼

江戸時代に佐賀・鍋島藩が将軍への献上品として焼造した鍋島焼。

同じ佐賀の焼き物である伊万里焼(窯は有田、出荷港が伊万里津だった)に比べて一般の知名度が低い鍋島焼ですが、それは伊万里焼が民間で作られて普及した磁器であるのに対し、鍋島焼は佐賀鍋島藩が将軍家へ献上する贈答品であったので一般流通していない磁器だったからでした。

17世紀初頭、鍋島藩の領内である有田では、中国景徳鎮から伝播した先進的な制磁技術を吸収して、日本初の磁器である伊万里焼が焼造されていました。その伊万里焼と基を同じくしながらも、民間の窯である有田とは一線を画す御用窯として、17世紀後半に伊万里・大川内山で鍋島焼は誕生します。献上品に相応しい技巧や意匠と、それ実現する最上の技術を追求し、採算度がえしで制作されました。

誕生後しばらくの17世紀後半期は意匠や技術のさまざまな試みがなされた時期です。後に「鍋島様式」と呼ばれる特徴を萌芽しつつも成形も絵付けも多様な磁器が作られました。17世紀末から18世紀初頭に様式が確立すると、鍋島焼は盛期鍋島と呼ばれる最盛期を迎えます。

その後、幕府から倹約令に伴い華美な絵付けを避けて水色や青色の絵付けに変えるよう指示されたり、幕府指定の形や紋様を求められたりして変容してゆき、19世紀後半に幕を下ろします。

「鍋島様式」には次のような特徴がありました。

  • 青い染付の輪郭線を基本とし、上絵に赤・黄・緑を用いる。
  • 木盃形(高い高台を伴う深い皿)が多く、規格化されている。
  • 植物紋様が多い。
  • 裏文様は七宝結文や花唐草文を三方に配する。
  • 高台には櫛目文や七宝繋文をめぐらせる。

「植物紋様が多い」という特徴から、どのような植物が描かれたのかをみると、牡丹、唐花、桜、南天、橘、蒲公英、柘榴、そして椿もありました。

椿文の作品

今回の「鍋島焼―二百年の軌跡―」には椿文の作品が5点展示されていました。階段ケースに「色絵椿文皿」、展示室に「色絵亀甲椿文皿」「色絵椿柴垣文皿」「染付椿文輪花皿」「青磁染付椿文皿」です。

以下に作品に添えられた解説文を引用します。

色絵 椿文皿

江戸時代(17世紀末―18世紀初)

高さ:5.9cm、口径:20.3cm、高台径:10.8cm

椿の一木を描いた七寸皿。鍋島焼でしばしば見られる、片側に紋様を寄せて、他方を余白として残した構図で、画面に広がりを生んでいる。盛期鍋島らしく節や樹皮まで描き込んだ樹幹の描写や花弁の濃淡の濃(だみ)に丁寧な仕事ぶりが伺える。裏面は三方に七宝結文を配し、高台は櫛目文。

作品解説文より

色絵 亀甲椿文 皿

江戸時代(17世紀末―18世紀初)

高さ:4.2cm、口径:19.9cm、高台径:10.4cm

表面全体を濃淡の染付で亀甲形に区画し、さらに3つの円形の窓を不規則に割り込ませた構図の皿。亀甲形間の区画は連珠文と花文で装飾し、内側には椿、柘榴、薔薇を描く。円窓内には唐花文を表すなど手の込んだ意匠。やや浅めの器形は前記鍋島の特徴。裏面は花唐草文、高台は雷文。

作品解説文より

色絵 椿柴垣文 皿

江戸時代(17世紀末―18世紀初)

高さ:6.0cm、口径:20.2cm、高台径:10.9cm

柴垣に椿を配した文様の七寸ザラ。柴垣に様々な花木を配する構図は鍋島焼によく見られる意匠。染付の線描を濃(だみ)で表した柴垣は、先端部分の濃(だみ)を薄くしており、表現が繊細。本作では椿花を赤色の濃淡を使って表現しているが、類似品で椿の花弁を真っ赤に塗りこめた作例もある。裏面は花唐草文、高台は櫛目文。

作品解説文より

染付 椿文 輪花皿

江戸時代(17世紀末―18世紀初)

高さ:5.5cm、口径:20.2cm、高台径:10.6cm

見込の円窓内に椿の一枝を描き、その周囲に如意雲文と火焔文をめぐらせた皿。口縁部は火焔の形に沿ってゆるやかな輪花形とする。椿枝折文は鍋島焼で広く用いられているモチーフの一つであり、銹釉色絵や青磁染付の作例などもある。本作では濃(だみ)と炭弾きの技法を巧みに使い力強い作品に仕上がっている。裏面は一つ玉の七宝文、高台は櫛目文。

作品解説文より

青磁染付 椿文 皿

江戸時代(17世紀末―18世紀初)

高さ:3.3cm、口径:14.7cm、高台径:8.0cm

椿の折枝を描いた五寸皿。染付の濃淡を用いて椿の花弁や葉の艶やかな質感まで表す。淡い発色の青磁釉と透明釉を掛け分けた背景が清涼な印象。裏面は三方に精緻な筆致の花唐草文、高台は櫛目文。

作品解説文より

特に気に入ったのは「色絵亀甲椿文皿」でした。青い亀甲形内の白地に咲く一枝ずつの赤い花。花は全て赤、葉は緑。でもよく見ると花の形や葉が微妙に違う3種類があります。最も目立つ中央付近にあるのは確かに椿。でも花は椿と柘榴と薔薇の3種類です。わざと似せて描かれた非なるもの。「椿文」の名に目を眩まされてはいけません。

そして六角形の亀甲形の前に不規則に配置された円が3つという不思議なデザイン。不思議さに引き込まれて見ているうちに、背景の亀甲形が左右上下とも対照からずらされていて、右上に広がるような動きを感じます。それを左下と下、右上に描かれた三つの円が押し留めて安定させているように見えます。なんというバランス感覚。六角形、3つ円、3種類の花が醸し出す不思議なリズムと動きは、まるで謎解きのように魅惑的です。

肝心の椿の花に目をむけると、展示品の椿の図柄は、いずれも一重咲きのヤブツバキです。椿に限らず他の植物も特徴的な姿をした園芸品種ではなく、スタンダードな花姿で描かれています。ある程度量産するものなので差異が生まれやすい複雑な図柄を避ける意味もあるのでしょうが、鍋島焼が目指していたのは、時流に左右されない普遍的な美しさによる品格や、あくまで器としての用途を全うする実用品の美であったのではないかと感じました。

展示されたほとんどが七寸皿、約20cmの大きさですが、全く小ささを感じさせません。そして確かな技術が作り上げた精緻な器は、美しいが押し付けがましく、料理を引き立て、食卓を落ち着かせ、くつろいで食事するのに相応しいことでしょう。直径20cmのやや深い皿は、煮物や煮魚の汁や餡掛け料理にも良い実用的な大きさです。銘々繕で食事をしていた時代ですから、御膳の限られた空間の中で美しい皿は今よりずっと存在感があったのではないでしょうか。

鍋島焼の時代と椿

今回展示の鍋島焼全77点のうち5点が椿文とは高い確率です。ラウンジトークで話された学芸員の方に尋ねてみると、将軍が椿を好んだことに関係するのではないかとの事でした。なるほど鍋島焼の起こった17世紀後半、隆盛期の17世紀末から18世紀初頃にかけては、ちょうど椿のブームの時期と重なります。

室町時代頃の茶道の発展と共に、椿は冬の茶花として重宝されるようになり、品種も増えてきます。やがて椿の花を鑑賞する園芸が発展し、京都の天皇や貴族、江戸の将軍や大名たちの間で椿は大変好まれます。二代将軍秀忠の花好き椿好きはよく知られるところですが、三代将軍家光も椿が大好きで、百十数品もの椿を集めたことが『椿華帖』由来書に描かれています。(「椿花図譜」成立の謎,小笠原左衛門尉亮軒) また家光の頃の作とされる『江戸図屏風』(国立歴史民俗博物館蔵)の江戸城内の御花畑には、約半分の面積に多種多様な椿と思しき花が描かれています。

植木屋の伊藤伊兵衛は『花壇地錦抄』(1695)の中で、元和(1615-1624)・寛永年間(1624-1644)は椿の蒐集栽培の流行の最高潮だったと述べています。

17世紀には、720図もの椿が描かれた『椿花図譜』をはじめ数々の図譜、水戸光圀が巻頭の歌を寄せた『百椿図』、数々の園芸書、椿の絵を貼り合わせた屏風、椿を意匠とした工芸品などが作られました。

やがて椿ブームは高位の人々の間から一般に広がって行き、茶道では欠かせない花として愛好が続きます。

幕府の建直しに取り組む8代将軍吉宗の時代(在位1716-1745)鍋島焼が質素な絵図に変えるよう指示されたその頃、江戸城内の庭園は実学を推奨する吉宗の意向で、蝋を採るハゼ、サツマイモ、朝鮮人参などが植えられていたようですから、椿畑は既になかったでしょう。

下絵を写すのに椿の葉が使われている!

鍋島焼の製作工程には、素焼きした生地に仲立紙(なかだちがみ)という下絵用の型紙を使って器面に下絵を写し取る作業があります。紙に隅で下絵を描き、それを器の表面に当てて擦ると墨が素焼生地に移って文様が写し取られます。墨は焼成によって焼き飛ぶので仕上がりに影響はありません。定着の良い桐墨を使うと戸栗美術館のブログ「学芸員の小部屋」にありました。

仲立紙によって繰り返し同じ文様を描くことができるのです。この時、仲立紙を擦るのに椿の葉を使うと学芸員の方から聞きました。今でもその方法が行われているのか調べてみると、鍋島虎仙窯では現役の技法だと分かりました。(鍋島藩窯百選サイト)

そこでは、椿の葉を使う理由は、葉に含まれる油分が使う毎に仲立ち紙の強度が増してゆくこと、曲面の素地に沿って自由がきく椿の葉の形状が適していること、似た植物の山茶花よりも椿の葉が適していることなどが熱く語られていました。

同じようなことを以前に山鹿燈籠を作る灯籠紙を作る和紙の工房の方に聞いたことがあります。その工房では紙を擦って光沢を出すのに椿の葉を使ってきたそうで、その理由は、椿の葉は弾力があって硬さ柔らかさが丁度いいからだというのです。

厚いクチクラ層で覆われた椿の葉は表面が滑らかで、しなやか、丈夫です。昔は庭などの手近な場所に生えていて便利だった事でしょう。椿が暮らしに役立つ身近な存在であった事例をまた一つ知ったように思います。

参考・引用

  • 鍋島焼―二百年の軌跡―展示解説文
  • 鍋島焼―二百年の軌跡―ラウンジトーク(2022年6月18日)
  • 鍋島 蔵品選集,編集:財団法人戸栗美術館・小泉末秩子・中島由美, 財団法人戸栗美術館,1993
  • 戸栗美術館 名品展Ⅰ-伊万里・鍋島ー,編集・制作:公益財団法人戸栗美術館・黒沢愛(編集・制作)・小西麻美(編集),財団法人戸栗美術館,2020
  • 「椿花図譜」成立の謎,小笠原左衛門尉亮軒,園芸JAPAN2月号,エスプレス・メディア出版,2017
  • 学芸員の小部屋 2016年11月号「第8回色絵牡丹文ディナーセット」、戸栗美術館 http://www.toguri-museum.or.jp/gakugei/back/2016_11.php
  • 鍋島焼を支えてきた”仲立ち紙” 2021.04.05、鍋島藩窯百選  https://nabeshimahanyo-hyakusen.jp/nakadachikami/