茶は南方の嘉木なり

チャノキの花

お茶の花が咲いています。
10月から12月にかけてのこの時期、小ぶりで白い花を咲かせます。たっぷり黄色い花粉が付いた雄しべはふさふさのボンボンのようで、それを綿ぼうしのように白い花びらがふんわり抱えている様は、なんとも可愛らしい。
蕾も丸い形をしており、ついでに同じ頃に実る茶の実もまん丸で、ギザギザの鋸歯のある葉っぱの合間に、丸い花と蕾と実がちょこちょこと顔を出しているのです。まるでかくれんぼをする子供のようです。

お茶というと静岡の川根や京都の宇治などの産地に広大な茶畑が広がるイメージですが、お寺にゆくと庭にちょこんと植えられているのを見かけます。低木のうえに地味なので気づかないことが多いのですが、この時期は花が咲いているので、「あ、こんなところにあった!」と気づきます。昔、寺院の中で飲むために育てていた名残でしょうか。それとも茶が薬として重宝された頃の名残でしょうか。いずれにせよ近所のいくつかのお寺にもあるので、花の頃になると覗きに行きます、そしてひっそり可愛らしい花を見つけると、古くて小さなお寺には茶の木が似合う、と思うのです。

お茶の花とつぼみ

南方の嘉木

唐の時代の陸羽は「茶は南方の嘉木なり」と称えました。陸羽は『茶経』を表すことで茶の文化を体系立てましたが、茶を飲む習慣はそれより遥か昔からあったことは確かです。いつの頃からか喫茶の習慣が生まれ、文化として成熟してゆき、陸羽との出会いに至ったのでしょう。現代ではチャは葉から香り高い飲料が生まれることを世界中の多くの人が知っており、愛飲しています。
『茶経』は「茶は南方の嘉木なり」の一文で始まります。
私はこの言葉が好きです。意味は「南の方の良い木」というだけですが、「嘉」の字には「立派、優れている、めでたい、幸い」といった意味合いがあります。 単に良い価値のあるというだけでなく、縁起が良い、というニュアンスが含まれています。そのおかげでこの一文が、明るく晴れやかな喜ばしい雰囲気に感じられるのがいいと思います。そして「南方の」という時、どこか遠く離れた土地への憧れや郷愁のようなものを感じるのです。
ところで「南方」とはどこでしょう。植物としてのチャの原産地はインド・ベトナム・中国西南部とされます。喫茶の習慣もその辺りで生まれたのでしょう。
お茶というと私たちはまず日本茶、紅茶、中国茶など、湯に浸して葉のエキスがでた飲み物を思い浮かべます。もしくは抹茶のように細かく挽いて湯に溶かして飲む方法。煎茶にしろ抹茶にしろ、中国や日本では飲料の茶には喫茶の習慣にとどまらず、作法や道といった精神性の文化が生まれたところが面白いと思います。ヨーロッパではアフタヌーンティといった習慣が発達しましたが、こちらは精神性の文化というよりも社交という形で、やはり社会性をお帯びた文化となっている。いずれにせよ単にのどの渇きを潤すという即物的な役割以上のものをまとっているのが興味深いです。それは茶を飲むときに感じるホッとする感情や、心を安らげてくれる香り、心地よい温かさ、そういったものと深く関わっているように思われます。陸羽が「嘉木」と呼んだ心根がわかります。

食べるお茶

お茶とは飲むものだと思っていたら、雲南からラオス、ビルマ北部にかけての地域ではチャの葉を食べる習慣もあることを『お茶の来た道』という本で知りました。「ミエン」と呼ばれる発行食品で、平たく言えばお茶の漬物です。食べ物といっても食事の菜ではなく嗜好品で、休息時や夕食後、来客のもてなしにお茶やタバコのように使うという。新梢を蒸して発酵させて作り、少々の塩ともに口に放り込んで噛むのだそう。ガムのように10分、15分、長ければ1時間くらいも噛んで噛んで噛み続け、最後に飲み込む。味よりも、どうしてこんなに長い時間噛み続けるのかが気になります。
日本でも最近お茶を食品に混ぜることが増えています。抹茶アイスクリーム、抹茶チョコレートはすでにスイーツの定番です。抹茶だけでなく紅茶やほうじ茶もよく使われます。紅茶のシフォン、紅茶マフィン、ほうじ茶のロールケーキ、抹茶とほうじ茶のクッキー、ほうじ茶プリン、抹茶かき氷、抹茶ティラミス・・・きりがありません。抹茶塩、抹茶ドレッシングといった調味料もありますし、ほうじ茶で燻製をしたり、紅茶やほうじ茶を豚肉の煮込みに使う方法もあります。

チャとツバキのややこしい関係

ところで、「お茶と椿は仲間です」と言うと、大抵の方は「知らなかった!」とおっしゃいます。チャもツバキも日本ではポピュラーな植物ですが、片やお茶は加工された姿が一般的で、片や椿はヤブツバキに代表される花と、種から採れる椿油の姿が浸透しているので、かえって植物本来の姿を見ることがないからなのでしょう。たまに「なるほど、似ていますね」とおっしゃる方は植物好きか庭や公園などで身近に見たことのある方です。
植物分類上のチャとツバキの関係は複雑です。
チャは昭和40年ごろまではツバキ科のチャ属(Thea チャ)として分類されていました。しかし近年中国に自生する多種のツバキ属調査から、ツバキとチャの中間型のものなどが発見されて、ツバキとチャを分けることができなくなり、チャは現在ではツバキ属に統合されています。(桐野)
つまり、こういうことです。
(以前)ツバキ科 Theaceae チャ属 Thea チャノキ種 T. sinensis

(現在)ツバキ科 Theaceae ツバキ属 Camellia チャノキ種 C. sinensis

ちなみにCamellia sinensis(カメリア・シネンシス)は、「中国産のツバキ」という意味になります。
ところがややこしいことに、ツバキ科はTheaceaeはチャ(cha、tcha)から生じた言葉の thea が使われています。Thea属はなくなってCamellia属に統合されたのに、上位の分類ではチャ(cha、tcha)から生じた科名が使われている。さらに日本では「Theaceae」を「ツバキ科」と呼んでいる・・・。
時代を追うごとに新しい発見があり、考え方が提唱されてきた結果ですが、この分類もまたいつの日か変わる日が来るかもしれません。学問とは、かようにダイナミックなものだということなのでしょう。
さて、ツバキとチャが仲間ならツバキからもお茶が作れるのでは、と考えるのは自然の流れ。作ることは可能でしょう。毒もない。ただし美味しくない。何故か。
お茶には独特の芳香、旨味、味があり、この素晴らしさが嗜好品として確固たる地位を築いていると言って過言ではないでしょう。旨味の素の成分はテアニン、渋みのカテキン、苦味のカフェイン、そしてビタミンやミネラルも含まれているチャ。ところがツバキにはこうしたチャ特有の成分が含まれていない。(桐野)
以前、アフリカ産つばき茶という商品を見つけました。アフリカの大地のミネラルをふんだんに蓄えたツバキの葉から作ったお茶というふれこみで、抗酸化作用が緑茶の50倍、慢性疲労とダイエットにも効果があるという。買って裏面を見ると、Camellia sinensis(カメリア・シネンシス)の文字。何のことはない、チャだったというオチでした。

お茶の花

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引用・参考文献
茶の話 茶事遍路,陳舜臣,朝日新聞社,1992
お茶の来た道,守屋毅,NHKブックス,1981
茶の世界史 緑茶文化と紅茶の社会,角山栄,中公新書,1980
茶の本,岡倉天心著、桶谷秀昭訳,講談社学術文庫,1994
椿Informationツバキの仲間3 飲んで良し、花も役立つお茶の木~チャの雑学・植物学~,桐野秋豊,大島椿株式会社,2007
山渓カラー名鑑 日本の樹木,山と渓谷社,林弥栄ほか,1985
wikipedia ,https://ja.wikipedia.org/wiki/チャノキ