花には花言葉というものがあります。もちろん椿にもあるのですが、集めてみるととてもたくさんありました。
花色ごとにある椿の花言葉
【赤い椿】
控えめな愛、理想の愛、気取らない魅力、気取らない優美、気取らない美しさ、謙遜、慎み深い控えめな美徳、高潔な理性、生来の価値、私の運命はあなたの手にある
【白い椿】
完璧な愛らしさ、最高の愛らしさ、申し分のない愛らしさ、理想の愛(愛情)、理想の恋、ひかえめな愛、純な愛情、冷ややかな美しさ
【薄桃色の椿】
あなたに愛される喜び
【紅椿】
素直な美しさ
【椿の花(全般)】
完全な愛、理想の愛、理想的な愛情、控えめな愛、私は常にあなたを愛します、
色褪せぬ愛情、理想の恋、完璧な魅力、申し分のない魅力、素晴らしい魅力、気取らない魅力、至上の美、最高(至上)の愛らしさ、冷ややかな美しさ、誇り、美徳、謙遜の美徳、控えめな美点、つつましやかな心、控えめなやさしさ、美しさのみがあなたの魅力、贅沢、おしゃれ
【椿の木】
謙譲の美徳
花言葉とは、その花にまつわるエピソードや、花姿、色、香り、雰囲気などによって象徴的な意味を持たせたものです。ヨーロッパのもののように思われがちですが、トルコの風習としてヨーロッパに紹介され19世紀に盛んになりました。流行の先鞭をつけたのはシャルロット、ド、ラールの著作『花の言葉』(1818)といわれます。先ずフランスから、次いでイギリス、アメリカ、さらにはベルギーやドイツまで流行し、人気が高かったので類書も多く出ました。こうして東洋からヨーロッパに伝わった花言葉は明治時代に日本にも伝播します。
椿の花言葉と由来 ~西洋編~
ところで椿の花言葉ができたのはいつ頃でしょうか?
椿はアジア原産の植物、ヨーロッパに渡ったのは18世紀のことです。高価で美しい日本(東洋、中国)のバラとしてもてはやされ、19世紀にはヨーロッパ中でブームとなりました。ヨーロッパにおいてこの花に注目を集めるのに一役買ったのがアレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ)の小説『椿姫』(1848)であることに異論はないでしょう。
J、アディソンは『花を愉しむ辞典』の中で「この花のロマンチックなイメージは小説『椿姫』により19世紀に確立された」と述べています。小説から40年を経てイギリスで出版されたイングラムの『花言葉』には、イギリスにおいて椿の赤花は「謙虚な美徳」、白花は「至上の愛らしさ」、ドイツでは「御身はわが心の至上のもの」と紹介されています。『椿姫』の主人公マルグリットが艶やかな高級娼婦でありながら真実の愛に生き、死んでいったことを思えば、アディソンの言うことも納得できます。
ちなみにフランスには椿の花言葉はないそうで、替わりに『椿姫』以来、椿は「贅沢なおしゃれ女」の意味となったのだとか。また椿の花言葉として「美しさのみがあなたの魅力」というものもありますが、これは美しいが香りがないからだとヴィクトリア朝の小説家のヘンリー、フィリップスは否定的な解釈を与えています。当時イギリスで椿は「ジャパン・ローズ」の異名で知られていたので、バラとの対比を際立たせたためなのかもしれません。
椿の花に託される思い ~東洋編~
はじめに花言葉はトルコから西洋へ伝わったと書きましたが、東洋には植物に特定の意味を持たせたり、これを用いて心を伝え合う風習が古くからありました。
こうしたコミュニケーションの方法を中国では「花卉語」「花語」と呼び、椿は「色あせぬ(=普遍の)愛情」のシンボルとされています。
今でも雲南省などの少数部族では「愛情」「求婚」のシグナルにするところがあるそうです。
椿は中国で愛されている花の一つです。1987年に上海で行われた花の全国選評会では、梅、牡丹などとともに中華十大伝統名花に選ばれたほどです。中国人が椿を愛好する理由は、葉が常緑で花期が長いなど縁起の良さからもあります。不変、不老長寿といった意味合いを椿に寄せる感覚は、日本人と近いものを感じます。
日本人が椿の花に託した思い
日本には花言葉や花卉語に類する呼び名は見当たりませんが、昔から植物を媒介として気持ちを伝えることは行われてきました。例えば和歌に様々な植物を読み込み自分の心情を重ね合せて表現することがあります。『万葉集』では高貴な紫草によって愛する女性の明るく美しい様を称え、初夏に緑の葉の中で香り高く咲く橘の花を純潔の象徴とし、松は「待つ」に掛けました。
『源氏物語』の女性達はたびたびその容姿や個性を草花に例えられます。また物語中に平安時代の風習として文に植物を添えて届ける様子が出てきますが、書き手の意図は添えられた植物によって意味合いと趣を増してゆくのです。
椿に関してひろい上げると、『古事記』には常緑艶葉の特性を不変、太陽のイメージと重ね合わせ、長寿、神聖さ、おめでたさを象徴するものとして用いた歌があります。
つぎふねや 山代河を 河上り 我が上れば 河の辺に 生い立てる 烏草樹(さしぶ)を 烏草樹の木 其が下に 生い立てる 葉広 斎(ゆ)つ真椿(まつばき) 其が花の 照り坐し 其が葉の 広り坐すは 大君ろかも
磐之姫皇后『古事記』
大和の この高市に 小高る 市の高処 新嘗屋に 生ひ立てる 葉広 斎つ真椿 其が葉の 広り坐し 其の花の 照り座す 高光る 日の御子に 豊御酒 献らせ 事の語り言も こをば
雄略天皇皇后『古事記』
一方で『万葉集』には花がぽとりと落ちる様を恋の儚さに喩えた歌もあります。
「わが門の片山椿まこと汝 わが手触れなな土に落ちもかも
物部広足 『万葉集』巻20-4418)(万葉植物事典「万葉植物を読む」より引用)
安楽庵策伝 『椿十徳』
『百椿集』(1630)の著者で愛椿家として名高い江戸前期の僧、安楽庵策伝は、椿の木が持つ性質を「椿の十徳」として著しました。椿をただの美しい花としてではなく、徳を備えた高貴な存在として賞賛し、そこに理想の人間像を示したのです。
【椿の十徳】「百椿集」より/安楽庵策伝(1554-1642)
①不老の徳(年月を経ても老衰の様子を見せない)
②公徳を守る徳(落葉しないから、木の下は汚れない)
③相互一致の徳(接ぎ木をすれば容易に合着し、互いに別個の新種を作る)
④謙遜の徳(平常は藪蔭に生えていて、春がくれば花容勝絶)
⑤清浄の徳(水清き土地によく生育する)
⑥矜持の徳(プライドを失なわぬ徳。どんなところに植えられてもその境遇にかかわりなく立派に成長し、見事の花を開く)
⑦常緑不変の徳(葉は常に緑濃く、いつも変わらぬ緑色に輝いている)
⑧操節を守る徳(冬になっても霜枯れすることがない。花蕾は春に備えて毎日膨らみ、営みを休むことがない)
⑨奉仕の徳(毎年よく花が咲き、栽培者の労に報いて奉仕の心を発揮する)
⑩厚生の徳(種実から椿油を絞り、灯油、食油、頭髪や皮膚に栄養にも好適。材は椿炭、家具、日用品、木工素材にも適する)
(椿のやさしいお手入れ方法より引用)
このように洋の東西を問わず、人は時に自分の思いを文字や話し言葉によらず花(植物)に託した寓意や象徴によって相手に伝えようとしてきました。花に寄せるイメージは個人の感性や、時代、地域によって様々なので、一つの花にいくつもの花言葉やイメージがあるのは当然です。椿の花言葉も数多くありますが、愛、美、不変、といった共通のイメージが見えてきます。冬枯れすることなく、ひときわ華やかに咲き誇る椿は、不変の愛と美徳の象徴に相応しい花といえるのではないでしょうか。
参考文献
- 花ことば 花の象徴とフォークロア 下,春山行夫,平凡社
- 花を愉しむ事典,J、アディソン/著,樋口康夫、生田省悟/訳、八坂書房
- ヴィクトリアンの花集詩集 花言葉に寄せて,ファニー、ロビンソン/著 桐原春子/訳,岳陽舎
- 中国愛の花言葉,中村公一,草思社
- 花物語 花言葉と花の伝説,蟹江敏,文芸社
- 誕生花366 の花言葉,高木誠/監修,夏海陸夫/写真,オーイズミ
- 花言葉、花贈り,濱田豊/監修,池田書店
- 花と木の文化 椿,塚本洋太郎/監修,渡辺武、安藤芳顕/著,家の光協会
- 花と生活文化の原点 万葉の花,桜井満,雄山閣
- 万葉植物事典「万葉植物を読む」,山田卓三、中嶋信太郎,北隆館
- 花の源氏物語,村山リュウ/監修,大貫 茂/写真、文,錦明印刷
- 古典の椿,椿山臣善å,講談社
- 椿のやさしいお手入れ方法,桐野秋豊/監修,大島椿株式会社