【椿の名所】千石山サザンカ北限自生地帯

【椿の名所】千石山サザンカ北限自生地帯

佐賀県千石山のサザンカ自生林は自生北限地帯として国の天然記念物に指定されています。約2.9haに2208本のサザンカが群生し、10月中旬から11月中旬にかけての開花時期、山は花で白く彩られます。斜面から吹く風はサザンカの香りで満ちていて、その風に包み込まれると何とも言えない豊かな気持ちになります。

福岡県と佐賀県の県境を東西に走る脊振(背振)山系、その千石山の南側斜面に広がるサザンカの群落が千石山サザンカ北限自生林です。訪問した2020年11月8日は前日の曇天から一転して晴れ上がり、さわやかな秋の気候となりました。

自生地といってもサザンカが植わった斜面を通る山道は立派な車道なので、山に分け入らなくても概要をみることができます。ただ車で通り過ぎるだけではもったいない。ぜひこの車道を歩いてサザンカを見ることをお勧めします。すぐ近くには「道の駅吉野ヶ里」があり、ここの駐車場から続く遊歩道を歩いていくのが便利です。駐車場にある案内に従って遊歩道を10分ほど歩き、うっそうと茂る山道の階段を登りきると車道に出ます。

車道に出たら、左手に下る方向に進みます。どこからともなく甘い香りがして、サザンカの花が咲いていることがわかります。斜面の左右にはサザンカの林が広がっています。

朝の気配が残る山の清涼な空気の中、こずえ高くで、あるいは自分の背丈のあたりに咲く白い可憐なサザンカの花を見ながら舗装された道路を歩きました。サザンカに交じってヤブツバキも散見されますが、花はまだ数輪咲いている程度。今はサザンカの盛りの季節です。鳥がさえずりとかすかな風にそよぐ葉擦れの音、そして空気を淡く満たすサザンカの香りが感じられます。

右手の山側を見上げると、サザンカ林の林床部まで日光が届いていて林の様子がよく見えます。サザンカは、ほぼ均等に並んで植わっており、自然に生えたというより人が植えたように感じられます。

しばらく道を下ると、仙石山の南斜面が一望できる見晴らし台に到着します。車道から突き出した程度の小さな見晴らし台ですが、正面には斜面が広がっていて、斜面いっぱいに白い花をたくさんつけたサザンカを見渡すことができるのです。朝日を浴びて白く浮かび上がる花と、きらきら光る葉に心が躍ります。

斜面を望む見晴台に立った時、山肌を吹き下ろす風がサザンカの香りを運んできて、辺り一面を満たしました。香りの風に包まれると、爽やかなサザンカの香りで胸をいっぱいに満たしたくなり、静かに深く呼吸をしました。現地でなければ知ることのできない感覚を味わい、気持ちはとても豊かです。

サザンカを辿りながら、さらに坂道を下ります。

やがて南斜面の車道に面して設置された説明版に行き当たります。

千石山サザンカ自生北限地帯 案内板20201108

国指定天然記念物 千石山サザンカ自生北限地帯

指定年月日 昭和32年7月2日

 サザンカはツバキ科の常緑小高木で、九州・四国および本州西端の暖地に自生し、東背振村付近は自生地の北限にあたる。指定は千石山の南面する斜面上に約2.9haの面積に2,208本で純林を形成しており、標高約300m付近の国有林内に位置している

 開花は10~12月で、一重の白い花が枝の先に1個ずつ咲く。実から絞った油はカチャシの油といい、髪油や食用油としての価値が高かったことから、昔は所有地区において9月に常会が開かれてサザンカの実拾いの山開きが決められ、これが済まないと入山が許されなかったという。また材は道具類の柄や細工物に用いられた。

 指定地には約4~5mの間隔で、根回り1m、高さ10m前後の巨木が林立し、指定樹齢が100年以上のものもある。付近は「きざん茶園」とも呼ばれ、樹木を切り払うと自然に茶樹が生えて茶園化するといわれ、チャやサザンカの生育に適しているという。

 開花期である寒気の訪れた晩秋には、雪を思わせる白多数の白い花々が咲き誇り、冬の訪れを予感させる一風物詩となっている。

現地の案内板より

説明版のすぐ横には大きな切株があります。もとはサザンカの樹齢150年、幹周り1.2m、枝張り5mもの大木で、佐賀県の名木・古木に選ばれるほどの木だったようです。

脊振山地は「せふり」とも「せぶり」とも呼ばれ、千石山中腹の霊仙寺(りょうせんじ)は古くから山岳仏教の修行の地として栄えたそうです。サザンカ自生北限地からすぐ近くにある霊仙寺跡は、栄西が建久2年(1191)に宋から持ち帰った茶の種子を植えたことから、日本で最初の茶の栽培であることで知られています。

チャもサザンカも同じ椿の仲間。この辺り好ましい気候、土地柄であるのは同じなのかもしれません。チャは飲茶用として栽培されましたが、サザンカは案内板にあるように油を採って利用しました。脊振山系は仏教が栄えた場所です。時代が下って地域の人々が生活に使う油として活用する前は、寺院において仏への献灯や夜間の作業のための灯明に欠かせない油として利用されたのだと思います。背振山系の北側にある油山の正覚寺には日本で初めて椿の種子から製油した寺伝が残されています。往時の人々はサザンカの花を楽しむよりもその種子を珍重していたでしょう。

サザンカは学名をCamellia sasanqua と言い、ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹です。日本の固有種であり、分布は四国南西部、九州、沖縄にかけての範囲。原種は写真のような白の一重の花で、咲き終わると花弁が一枚ずつハラハラと散るところが同じツバキ属のヤブツバキとの区別ポイントとしてよく挙げられます。ツバキ同様に実がなりますが、ツバキより小さくて毛が生えているので区別がつきます。種子は油脂分を含み、サザンカ油が採れます。

関東に住む私にとっての身近なサザンカとは、このような原種の白い花ではなく園芸品種の「勘次郎」や「獅子頭」といった赤い花でした。なので初めて「サザンカは白い花」と知った時はとても驚きました。その白いサザンカが山一面に咲く様子とはどのようなものなのか、千石山は、いつかぜひ見てみたい憧れの光景でした。念願かなって千石山の野生のサザンカ群生地を見ることができたことは本当に嬉しく、山を包むサザンカの香りの中を散歩できたことは至福の時間でした。

ところで、サザンカの北限地として国の天然記念物に指定された千石山(北緯33度23分)ですが、その後、長崎県壱岐島(北緯33度50分)にも自生がみつかり、さらに最近では山口県萩市の指月山(北緯34度37分)にも自生地が見つかって北限地とされている、と「東京農工大学のサザンカ」(2003)にありました。

また自生地の定義自体に疑問に思うところもありますが、何はともあれ、これだけのサザンカの群生地は貴重です。サザンカは日本固有の植物なので、日本以外にこうした歴史のある群生地はなく、その意味からも貴重な場所です。これからも大事に保全されることを心から望みます。

<訪問日:2020/11/8(日)晴れ>

データベース

【名称】千石山サザンカ自生北限地帯 
【コレクション】 約2.9haにサザンカ2,208本が自生
【花期】 10月中旬から11月中旬
【所在】〒842-0101  佐賀県神埼郡吉野ヶ里町松隈地内 
【備考】
・国指定天然記念物 指定日:1957年7月2日(昭和32)
・問合せ:吉野ヶ里町役場産業振興課 TEL 0952-37-0350
【公式サイト】

アクセス

・自動車:長崎自動車道佐賀東脊振I.Cから20分
・JR:吉野ヶ里公園駅からタクシーで30分

道の駅吉野ヶ里から歩くことなく車で通る場合は、385号の有料道路手前から左に曲がり、この緑の看板を目印に行くとわかりやすい。

参考文献

  • 現地説明版
  • 国指定文化財等データベース:千石山サザンカ自生北限地帯https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/2719
  • 東京農工大学のサザンカ,監修:東京農工大学農学部元教授 箱田直紀,編集:東京農工大学農学部博物館設置準備委員会,東京農工大学農学部,2003

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