湘南の太陽と風が心地よい茅ヶ崎。そこにある氷室椿庭園は、三井不動産の元副社長・氷室捷爾(ひむろしょうじ)さん、花子さんご夫妻のかつての自宅であり、のちに茅ヶ崎市へ寄贈されて1991年に開園した庭園です。広さ2800平方メートルの庭園には、250種以上のツバキをはじめ、マツやバラなど約1300本の庭木類が植えられています。
椿愛好家が育んだ奇跡の庭
そこは椿を愛する方の庭に相応しく、春になると椿が生き生きと咲き誇る美しい庭園です。椿大国日本には多くの椿園がありますが、多くは品種のコレクション的存在です。その理由は多くが行政の管理する植物園だからではないでしょうか。
個人の裁量、趣味、美意識によって培われた庭としての美しさを感じる椿の庭はそう多くはありません。氷室椿庭園は趣のある家屋に面して広がり、庭に複雑に張り巡らされた細い通路を歩きながらさまざまな椿の花を間近で楽しむことができます。まさにそれは庭の主人が望んだことだったでしょう。庭を歩くと、大好きな椿の木の1本1本に咲く1輪ごとの花を思う存分愛でながらゆっくり庭を楽しんだであろう主人の気持ちをなぞっている気がしてきます。
庭園としての良さは、庭の中を歩いてこそ実感できます。例えば曲がりくねった通路は庭の表情をさまざまに変化させつつ、次々に花を見せて目を楽しませてくれます。適度に茂った枝葉は他の見学者の姿を程よく隠して自分だけの椿との語らいに没入できます。所々にある高木の松は日本らしい雰囲気を醸し出すだけでなく、その下に育つ椿に適度な日陰と日光を与え、健やかな生育に役立っていることでしょう。ここでは品種を並べるだけにとどまらないに庭園としての美しさ、面白さを堪能できるのです。
氷室椿庭園の価値は日本らしい椿の庭であり、主人が育てた椿の庭が今なお行政とボランティアによって守られていることだと思います。他にこのような奇跡の椿の庭を私は知りません。
また氷室椿庭園には他では見ることのない珍しい品種を見る驚きと喜びがあります。氷室捷爾氏はツバキを収集しただけでなく自らも作出しました。氷室氏作出のツバキコレクションをまとめてこれだけ見ることができるのは氷室椿庭園だけです。
これらツバキ40品種は2024年4月25日に「茅ヶ崎市氷室椿庭園氷室氏作出ツバキコレクション」として、公益社団法人日本植物園協会により未来に残すべき園芸文化遺産であるナショナルコレクションとして認定されました。
氷室雪月花(ひむろせつげっか)
氷室椿庭園を代表する椿花といえば「氷室雪月花(ひむろせつげっか)」です。
氷室捷爾(ひむろしょうじ)さんが1975年頃に選抜・発表した自然実生です。白地や淡桃地に紅色の吹掛け絞り〜小絞り、一重、ラッパ咲気、筒しべ、中輪。花期は3〜4月です。
似た名前の古花に「雪月花(関西)」「雪月花(中部)」がありますが、「氷室雪月花」は親不明なので関係があるとはいえません。いずれも吹っ掛け絞りです。
氷室氏作出では「楼蘭花(ろうらんか)」も人気が高い品種です。
見ることのできたツバキ
☆は氷室捷爾氏が作出した品種
3月
<2024/3/1>
<2022/3/16>
ナショナルコレクション認定の40品種
2024年4月25日、氷室椿庭園に保全された氷室捷爾氏が作出したツバキ40品種が「茅ヶ崎市氷室椿庭園氷室氏作出ツバキコレクション」として、公益社団法人日本植物園協会の未来に残すべき園芸文化遺産であるナショナルコレクションに認定されました。これらは国際ツバキ協会に登録され、そのうち17品種が農水省の種苗登録品種です。
詳細は茅ヶ崎市公式サイトで見ることができます。
https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kouen/1006491/tsubaki/1059195.html
以下に品種名だけ記載します。
・敢国(あえくに) ・嵐山(あらしやま) ・伊達唐子(だてからこ) ・笑まひ(えまひ) ・吹上長者(ふきあげちょうじゃ) ・古手毬(ふるてまり) ・白頭山(はくとうざん) ・花散里(はなちるさと) ・花笠祭(はながさまつり) ・春重ね(はるがさね) ・春日影(はるひかげ) ・緋見児(ひみこ) ・氷室雪月花(ひむろせつげっか) ・五十雑(いざわ) ・華燭(かしょく) ・川霧(かわぎり) ・小袖曾我(こそでそが) ・紅葉賀(もみじが) ・百路菊(もみじぎく) ・群雀(むらすずめ) ・鳴神(なるかみ) ・匂宮(におうみや) ・應縁寺(おうえんじ) ・楼蘭花(ろうらんか) ・相模源氏(さがみげんじ) ・相模車(さがみぐるま) ・相模太郎庵(さがみたろうあん) ・さい若(さいわか) ・敷松葉(しきまつば) ・朱似絵(しゅにえ) ・杉の戸(すぎのと) ・砥部更紗(とべさらさ) ・冬至牡丹(とうじぼたん) ・藤間(とうま) ・ウエスピー(うえすぴー) ・浮間舟(うきまぶね) ・若狭井(わかいさい) ・八千代獅子(やちよじし) ・八重衣(やえごろも) ・夕浪千鳥(ゆうなみちどり)
(補足)ナショナルコレクション認定制度:
公益社団法人日本植物園協会が制定する認定制度。野生種、栽培種に関わらず日本で栽培されている文化財、遺伝資源として貴重な植物を守り、後世に伝えていくことを目的とした「植物コレクションの認定、保全制度」。
品種コレクション
そのほかにも園内には200種以上の椿がありますが、その一部が公式サイトに開花時期とともに紹介されています。
旧氷室家住宅主屋について
氷室椿庭園内にある旧氷室家住宅主屋は、2018年に国の登録有形文化財として登録されました。旧氷室家住宅主屋は1935年(昭和10年)に建てられたもので、前庭を控え、モダンな和風意匠とする昭和期の住宅思潮と茅ヶ崎の別荘地開発の様相を伝える建造物として評価されたことが理由です。一般公開されていませんが、花子夫人をモデルにした速水御舟の「花の傍」のレプリカが飾られています。
<訪問日:2022年3月16日 晴天>
データベース
【名称】氷室椿庭園(ひむろつばきていえん)
【コレクション】約200種
【花期】見頃は2月下旬〜3月下旬
【所在】〒253-0054 神奈川県茅ヶ崎市東海岸南3-2-41
【備考】
・開園時間:2月〜4月:9:00〜17:00、5月〜1月:10:00〜16:00、入園料無料
・休園日:月曜日(月曜が休日の場合は翌日)3月無休、12月29日〜1月3日
・問合せ:0467-82-2823
【公式サイト】https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kouen/1006491/tsubaki/1006509.html
アクセス
・JR茅ヶ崎駅南口から徒歩20分
・JR茅ヶ崎駅南口から神奈中バス、茅09系統 東海岸循環 東海岸南3丁目下車徒歩5分
参考文献
- パンフレット
- 茅ヶ崎市公式サイト 氷室椿庭園について:https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kouen/1006491/tsubaki/1006509.html
- 茅ヶ崎市公式サイト ナショナルコレクションに認定されました:https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/kouen/1006491/tsubaki/1059195.html
- 公益社団法人日本植物園協会:http://www.syokubutsuen-kyokai.jp/nc/
- 文化遺産オンライン 旧氷室家住宅主屋:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/379694
- 最新日本のツバキ図鑑,日本ツバキ協会編,誠文堂新光社,2010