【椿の名所】東大寺開山堂 糊こぼし(原木)

【椿の名所】東大寺開山堂 糊こぼし(原木)

東大寺修二会(しゅにえ)の頃に咲く開山堂の「糊こぼし」は奈良三銘椿の一つです。この原木は通常非公開ですが、2025年3月に国際ツバキ協会の視察に同行する機会を得て、糊こぼしの原木に花咲く姿を見ることができました。

糊こぼし原木、開山堂の「良弁椿」

紅色の花弁に糊をこぼしたような白い斑がはいることから名付けられた「糊こぼし」の原木がある開山堂は、東大寺創建に尽力した初代別当である良弁僧正をお祀りする場所です。別名の「良弁椿」はここから来ています。良弁堂とも呼ばれる開山堂は非公開ですが、開花時期には門が開かれて、椿を外から垣間見ることができます。

幸運にも私は2025年3月19日、2025年東京国際ツバキ大会に併せて行われた国際ツバキ協会の歴史的椿保全国際委員会(CHCC :Committee for Historic Camellia Conservation)のメンバーによる調査に同行して間近で見ることができました。案内してくださったのは東大寺別当橋村公英管長、日本ツバキ協会山口總理事、日本ツバキ協会奈良支部Uさんです。

開山堂の南面に寄り添うように立つ良弁椿は、長年の風雪によるためか枝折れなどがみられ、三方から支えられています。しかしながら濃い緑の葉を湛え花付きもよく、ひこばえも育って樹勢は悪くないようです。紅色の花弁に白斑を乗せた一重の花は、シンプルですが力強い姿です。樹齢は300年とも350年ともいわれ、正確にはわからないそうです。

案内してくださった橋村管長は、花を囲んで興奮気味の私たちを気遣って「朝早く鳥が来ないうちならもっと綺麗な状態なのですが」などと仰いますが、常は背伸びをして塀越しに遠目で花を見ていた身としては望外の経験でした。

ご案内してくださった橋村管長は、ご自身も育種家であり、これまで数多くの素晴らしいツバキの新花を作出されています。糊こぼしの由来については雑誌「家庭画報」の中で「自生のヤブツバキとユキツバキの自然交配ではないでしょうか」と仰っていました。

 

修二会と糊こぼし

この椿が糊こぼしと呼ばれる所以は、東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)に由来します。正式名称「十一面悔過(じゅういちめんけか)法要」、別名「お水取り」「お松明」とも呼ばれるこの法要は、天平勝宝4年(752)、東大寺開山の良弁僧正の高弟実忠和尚により始められ、以来絶えることなく続く不退の行法であり、令和7年(2025)には1274回を数えました。

元々は旧暦2月1日から行われていたので「修二会」と呼ばれたものが、新暦導入により現在は3月1日から2週間行われるようになりましたが、親しまれてきた呼び名は残りました。

修二会に先立ち精進の期間である別火(べっか)が2月20日から始まり、前半の「試別火(ころべっか):2月20日から25日、閏年は26日)の行中で、参籠衆たちの手により十一面観音に供える南天や椿の造花を整える「花拵え(花ごしらえ)」が行われます。椿の造花が作られるのは2月23日で、数は400個ほど。

椿の花はタラの木(訛って「タロの木」と呼ばれる)を芯にして、和紙で作る紅白5枚の花弁と黄色の雄しべから成ります。白の花弁を作る和紙は染めていない白和紙、紅の花弁と黄の雄しべは草木染めされた和紙で、紅色は紅花で深紅(ふかきくれない)に染め、黄色は支子(くちなし)で染めます。これを花弁や雄しべの形に切り、一つ一つ芯に糊付けして椿の花に作ってゆくのです。

5枚の花弁は紅3枚と白2枚を交互に貼るので「一枚変わり」「さしまぜ」と呼ばれます。古い絵図にはこのような紅白1枚がわりの椿が描かれていますが、今では実物の花を見ることはありません。

開山堂の銘椿「糊こぼし」の名は、紅色の花弁に白い斑が入る様子が、まるでこの造花を作る際に白い糊をこぼしたようであることに由来するそうです。いったい誰が見立てて名づけたものでしょうか。

こうして作られた椿の造花は「ユリナ」と呼ばれる丸い漆の器に一旦納められ、後半の「惣別火(そうべっか):2月26日から月末)の2日目、2月27日(閏年は28日)に本物の椿の枝に取り付けられて床に飾られます。

いよいよ3月1日から本行に入り準備された品々が二月堂に運び込まれると、堂内に荘厳の花として飾られるのです。

美しく作らる椿の造花ですが修二会で炊く火の煤を被ると黒ずんでしまいます。

※下の写真のうち、左2つは実際に使われた造花で煤を帯びている。

修二会の造花 武蔵丘陵森林公園 高野氏講演より20180331_
東大寺開山堂 松明 20250319

糊こぼしについて

花は紅色地に白斑が入る一重の中〜大輪、筒しべ、3〜4月に咲きます。原木は東大寺開山堂にあり、別名「良弁椿(ろうべんつばき)」。「最新日本のツバキ図鑑」には「霊鑑寺舞鶴」と「白鷴(関東)はっかん」と同一種と書かれています。

米山千秋氏「奈良の三名椿」による資料

有名な開山堂の糊こぼしですが、詳細な資料をあまり見かけません。そこで少し前の記録になりますが、1994年に書かれた米山千秋氏の「奈良の三名椿」に「のりこぼし(良弁椿)」が記されているので紹介します。元は平成6年(1994年)4月1日付「奈良文化・観光クォータリー」に掲載された米山千秋氏の原稿で、西山明彦氏が略記文として復刻、2008年全国椿サミット奈良大会の傳香寺の見学時に資料としていただいたものです。

貴重な記録として引用します。

のりこぼし(良弁椿) 米山千秋「奈良の三名椿」(文責西山明彦)より

樹高:4.0m、根元周囲:68.2cm、花色等:桃紅色に白缶、弁数五(小弁加わることあり)雄蘂と花弁基部で合着、花形:一重盃状咲 筒蘂、花径:7cm位、花高6cm位、花期:3月下旬〜4月中旬、葉:楕円形、有尾頭、鈍脚、反曲、細鋸葉、緑色。

お堂に向かって樹幹の中央部は桃紅色単色、向かって右(西方)は白が多く入りすぎ、右(東方)は糊こぼし状になる。・・・・十余年前、冬の突風で右の大枝が幹より折れた。

開山堂の周辺あった胡蝶侘助と紅流し(この品種の原種と称された)は枯れ、白玉、なつつばきなど残る。いずれも複数の人が歳を異にして飢えたと考えられ、昔はこれらを総称して良弁椿と呼んだのではないか。のりこぼしの名は後につけられたと思われ、有名になるに伴い、良弁椿の名も代行することになったのであろう。

開山堂紅流しの復活

開山堂では固有の品種「開山堂紅流し」も花を咲かせていました。白い八重の花弁に細かな紅色の絞りが控えめに混じる、割しべの花です。もともと開山堂にあった紅流しは残念ながら枯死しました。しかし武田薬品工業株式会社京都薬用植物園に1958 年から接木繁殖して育成していた個体があったことから、これを戻すことになり、2010年11月に52年ぶりに里帰りして開山堂の西南隅に植栽され、現在に至るのだそうです。

橋村管長が「ほのかに香りがありますよ」と教えてくださいました。他にも開山堂には白玉やナツツバキがあり、これらも良弁椿と呼べるのだとも仰っていました。

菓子と土鈴

東大寺の修二会は奈良に住む人々にとっても奈良に春を告げる特別な行事で、それを祝うようにこの時期になると、奈良の多くの和菓子屋には糊こぼしを模った菓子が並びます。

紅白一枚がわりの花弁を模したところは同じですが、微妙なデザインや味は店毎に工夫が凝らされて、それぞれを味わう楽しさがあります。

満々堂通則 糊こぼし

御菓子司千代乃舎竹村 御堂椿

「御堂椿」御菓子司千代乃舎竹村

糊こぼしを模った土鈴も奈良土産の一つです。鮮やかな彩色で、振るとカラカラとのどかな音がする愛らしく素朴な土鈴です。

東大寺二月堂椿 土鈴

 

<訪問日:2025年3月19日 曇り>

データベース

【名称】東大寺糊こぼし(原木)別名:良弁椿(ろうべんつばき)

【品種】糊こぼし

【樹齢】不明(推定樹齢300年、350年)

【花、葉】花:紅色地に白斑が入る一重、筒しべ、中〜大輪、葉:楕円、中形、中折れ

【花期】3〜4月

【所在】〒630-8587 奈良県奈良市雑司町406-1

【備考】開山堂は非公開。開花期に門が開かれ外から見ることができる。

・問合せ:東大寺寺務所0742-22-5511

【公式サイト】https://www.todaiji.or.jp

アクセス

・JR奈良駅・近鉄奈良駅から市内循環バス「東大寺大仏殿・春日大社前」下車徒歩5分

・近鉄奈良駅から登大路町を東へ徒歩約20分

参考文献

・最新日本のツバキ図鑑,日本ツバキ協会編,誠文堂新光社,2010

・華厳宗大本山東大寺公式サイト:https://www.todaiji.or.jp

・別冊家庭画報 茶花暦 1 椿,世界文化社,1984

・家庭画報 2025年2月号,界文化社,2024.12

・日本の色の十二ヶ月,吉岡幸雄,紫紅社,2014

・植物園と市民で進める植物多様性保全ニュースNo. 22 、March 2017年3月、公益社団法人 日本植物園協会,  2017.3

・奈良新聞 大和の名椿・紅流し52年ぶり”故郷に” 京都の植物園から移植、2010.11.5,

奈良新聞社、https://www.nara-np.co.jp

・2025年カレンダー椿,橋村公英,2024

・米山千秋氏「奈良の三名椿」, 西山明彦(復刻印刷),2008,3

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