【椿の名所】山種美術館「名樹散椿」

「椿の名画」を挙げるとすれば必ず入る作品であろう、速水御舟の「名樹散椿」。2曲1双の屏風いっぱいに描かれた古木は、京都の昆陽山地蔵院、通称「椿寺」の五色八重散椿を描いたもの。山種美術館の顔とも言える椿の名画で、昭和期の美術品として最初に重要文化財に指定された作品でもあります。

速水御舟(はやみ ぎょしゅう,1894-1935)が「名樹散椿(めいじゅちりつばき)」を描いたのは35歳の時、1929年(昭和4年)でした。当時の御舟は伝説的な古木を描きたいと考えていて、この地蔵院の古木椿を題材に選びました。初めは桜も視野に入れていたそうですが、弟子の吉田善彦によると非常に良い朱を入手したのでそれを使ってやろうという気になったことも理由の一つだそうです。

では描かれた椿花は赤一色のヤブツバキかというとそうではなく、紅、白、桃色、紅白絞りと華麗な花色の八重咲きの椿。散り椿とは花弁がひとひらずつはらはらと散る椿のことで、花色が咲分ける品種を五色八重散り椿と呼びます。

地蔵院の椿の由縁

伝説的な題材として御舟がこの椿を選んだのは、単に樹齢が400年を超える古木というだけでないでしょう。

御舟が写生した地蔵院の五色八重散椿は、加藤清正が朝鮮から持ち帰り、豊臣秀吉が献木したと伝わる初代の木でした。樹齢400年であった初代は残念ながら1983年(昭和58年)に枯死。現在、地蔵院にある椿は2世で、公式ブログの2009年の記事には樹齢約120年とありました。「名樹散椿」の老木らしい迫力ある枝振りと比べて、2世の椿は樹勢がよく枝が繁り、花も山のように咲かせて、実におおらか。

今の私たちは、失われた初代の五色八重散り椿を見ることができないので、在りし日の椿の姿を御舟の絵画によって偲んでみることにします。

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名樹散椿

2018年に行われた、企画展 日本美術院創立120年記念 日本画の挑戦者たち ―大観・春草・古径・御舟―(2018年9月15日(土)〜11月11日(日))では、近代以降の日本絵画を代表する日本美術院の画家たちの絵が一堂に並ぶという豪華な展示の中で、速水御舟の「名樹散椿」は最奥に展示されていました。幸いなことに写真撮影OKでした。

銘樹散椿 解説 山種美術館蔵20181027_2
銘樹散椿 解説 山種美術館蔵

紙本金地に彩色の屏風(2曲1双)。寸法は、タテ167.9cm×ヨコ 169.6 cm。

図録や絵葉書で見る「名樹散椿」は全ての面を開いているので屏風というより絵画なのですが、美術館では立てて屏風としての本来の姿を見ることができます。

2018年の山種美術館 企画展 日本美術院創立120年記念 日本画の挑戦者たち ―大観・春草・古径・御舟―は、同年公開された映画「散り椿」の原作小説である葉室麟の『散り椿』(2012年、角川書店)の表紙を飾ったのが速水御舟の「名樹散椿」であったことから企画されました。

金の撒き潰し

「名樹散椿」の前に立つと華やかさと迫力に圧倒されます。それでいて落ち着きも感じるのは、塗り重ねた緑の苔の複雑で深い色合いや、広範囲の背景を占める金地の濃密でマットな質感から来る印象が大きいように思います。

背景の金地を初めて見た時、全く継ぎ目もムラもなく、濃度の高い金地をどうやって表現したのか不思議でした。

御舟は背景の金地に通常の金箔ではなく、金砂子を一面に使う「撒き潰し」を用いることでこの表現を得たのだといます。撒き潰しは金箔を粉々に砕いて粒子状(砂子)にし、それを竹筒に入れて何度もふりまいてはすり潰すという方法です。つまり箔よりも金をたくさん使い、非常に手間もコストもかかる方法です。従来の日本画にはなかった技法ですが、御舟は少年時代に漆工芸の蒔絵の手ほどきを受けていた経験からこの技法を編み出したのではないかと言われます。

2021年の「速水御舟と吉田善彦―師弟による超絶技巧の競演―」(2021年9月9日(木)~11月7日(日))では、作品の傍らに背景の金地について、実際の「金砂子の撒き潰し」と共に他の金地の技法である「金箔」と「金泥」の小さな見本を置いてその違いを分かりやすく教えてくれる親切さでした。

この小さな見本をみながら、3つの見本を見比べながら脳内イメージをしてみます。

金泥だと椿の花の濃厚な華やかさに負けて黒ずんで地味な印象に、箔押しだと絢爛な画面となりますが、花や苔の色にあまり目が行きにくい。比べればやはり御舟が選んだ金砂子の撒き潰しが正解となるでしょう。この見本を並べたキュレーターの「ほらね」という得意気な顔が見えるようです。

更に粉々に砕いた金の粉をこの大きな画面に振りまいてゆく御舟の姿を想像してみました。金箔であればぺらりと張り付ければ済み、金泥であれば刷毛で塗れば終わり。しかし撒き潰しは砂子の金をひたすら撒いて画面を隙間なく埋めてゆく作業。撒き潰しとはよく言ったもの、いったいどれほど金砂子の入った竹筒を振り続けたことでしょう。

御舟がひたすらに画面を微細な金で埋めてゆく作業を想像しながら、彼にはきっとこの絵の出来上がり図がはっきりイメージできていたのだろうと思いました。どんなに輝きを抑えても、濁りない無い輝きと色と質感は、まごうことなく金のもの。散り椿の堂々たる姿に負けることなく、且つ出しゃばることなく、花、幹、苔を浮かび上がらせ、この絵を唯一無二の存在にしてくれているのではないでしょうか。

金は色であって色でないので、画集やハガキの印刷物ではまるで別物に見えてしまいます。まして金地が金砂子か金箔か金泥による色合いや質感の違いなど伝わりようもありません。だからどんなに出来の良い図録を見ても少しがっかりしてしいます。やはり実物を見にゆかねばと思うのです。

もう一つ実物を見て感じたのは、縁の漆は黒ではなく赤みを帯びた色であることが屏風全体を明るく優美に見せてくれているようです。一枚の絵画のように平たく伸ばすと縁や折れ目は目障りな切れ目の線でしかないけれど、立体装飾品として室内を彩る屏風にとっては、フレームの美しさも必要なのだと思いました。

描かれた椿花

2021年展示時の作品横に添えられた解説には、吉田善彦による花についての逸話が書かれていて、それによると御舟が地蔵院に来た時期はまだ満開には早かったので、幹や枝の造作を素描し、花は地蔵院で部分的に描いた花と目黒の自宅の庭の五色椿を参考に紋様を組み合わせたとのことでした。

描かれた花を見てみると、いくつかの模様があります。

桃色、白地に紅色の縦絞り、覆輪の入った桃色、白。中には雄しべが全く見られない千重咲きのような赤花も見られます。これは本当にあったのか、御舟宅の別の椿を当て嵌めたのかわかりません。画面左下に葉に隠れてひときわ強い紅色の花。「良い朱色が入ったから」と御舟に言わせた顔料を惜しみなく使ったのでしょうか。きりりとした赤色が画面を締めています。白い部分に薄闇をまとったような影があるのは胡粉を厚く盛り上げたせいでしょうか。

実際の地蔵院の五色八重散椿(2世)はこのような感じです。

和菓子「散り椿」

山種美術館に来た時の楽しみの一つは1階のエントランスに併設された「Cafe 椿」です。名前はもちろん「名樹散椿」からきています。絵を見終わって、全面ガラス越しに駒場通の銀杏並木を見ながらカッシーナの椅子に座ってほっと一息。それだけでも満たされるのに、必ずここでお茶にしたくなる理由がもうひとつ。それは展覧会ごとに出品作品をテーマにした和菓子があることです。作品の中の花や生き物などをモチーフに、青山の老舗菓匠「菊家」による特別なオリジナル和菓子。いつも、どの和菓子も、とても手が込んでいて、オリジナリティに溢れて美しく、もれなく美味しい。先ほどまで見ていた絵画の世界の余韻に浸るには最高のお供です。

通常企画展ごとに入れ替わる和菓子の中で、定番になっているのが「散椿」。 赤に白が入った椿を象った練り切りです。優しい甘さのこし餡、雄しべの先の白い粒は少しカリっと歯ごたえがあってアクセントに。葉は生葉を使用しています。

中はこんな感じ。

試作段階では赤い椿と白い椿があったものの、白い椿は中の餡の黒い色が透けて真っ白なお花の感じが弱かったので結果的に赤だけになったとのこと。 「散椿」 はCafe 椿 の最初の和菓子で、大変人気となったので、企画展が変わっても入れ替えず、定番となったのだそうです。(日本文化の入り口マガジン 和樂より )

ミュージアムショップ

美術館に行ってミュージアムショップを素通りすることができない人は多いでしょう。特に素敵なグッズをそろえている場合はつい散財することになります。ここもその一つ。

山種美術館について

山種美術館は、山崎種二(1893-1983・山種証券[現SMBC日興証券]創業者)の個人コレクションをもとに、1966(昭和41)年7月、東京・日本橋兜町に日本初の日本画専門美術館として開館しました。横山大観(1868-1958)、上村松園(1875-1949)、川合玉堂(1873-1957)ら当時活躍していた画家の作品だけでなく、将来性があると信じた奥村土牛(1889-1990)のような画家も支援しました。

旧安宅コレクションより速水御舟(1894-1935)作品を一括購入、「名樹散椿」もその一つです。

若手日本画家を応援するために「山種美術館賞」を設立。収蔵作品は約1800点。

<訪問日:2018年10月27日,2021年10月22日>

データベース

【名称】山種美術館
【所在】〒150-0012 東京都渋谷区広尾3-12-36 
【備考】
・営業時間:10:00から17:00
・定休日:毎週月曜日(祝日は開館、翌日火曜日は休館)、展示替え期間、年末年始
・問合せ:TEL:050-5541-8600
【公式サイト】https://www.yamatane-museum.jp/index.html

作品名 『名樹散椿』
作者  速水御舟
制作年 1929(昭和4)
材質等 紙本金地・彩色・屏風(2曲1双)
寸法(タテ×ヨコ) 各1679mmx1696mm
重要文化財

アクセス

  • 恵比寿駅前より日赤医療センター前行都バス(学06番)に乗車、「広尾高校前」下車徒歩1分(道の反対側)
  • 渋谷駅東口ターミナルより日赤医療センター前行都バス(学03番)に乗車、「東4丁目」下車徒歩2分

参考文献

  • 山種美術館公式サイト
  • 2018年山種美術館「日本美術院創立120年記念 日本画の挑戦者たち」解説
  • 2021年山種美術館「速水御舟と吉田善彦―師弟による超絶技巧の競演―」解説
  • 色から読み解く日本画,三戸信恵、特別協力:山種美術館,エクスナレッジ,2018
  • 椿寺だより 京都・浄土宗寺院 昆陽山地蔵院椿寺ブログ https://jizouin.exblog.jp/
  • 最新日本のツバキ図鑑,日本ツバキ協会編,誠文堂新光社,2010
  • 味わって日本画を楽しむ!山種美術館「Cafe椿」の和菓子はこうして生まれる,日本文化の入り口マガジン 和樂web,2021/10/11

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