椿という文化

「巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を」
そう坂門人足に歌われた万葉の時代から、椿は人々の心に語りかける何かをもつ木でした。
この国の風土に深く根ざした椿は、私たちの生活に溶け込んで多様な文化を形成しました。華麗な園芸品種の花々、椿油、各地にある古木や名椿、椿にまつわる逸話や伝承、茶の湯で愛される花、絵画や工芸品のモチーフ、椿の炭・・・。
椿は今、世界中で愛される花となりましたが、ここ日本では、椿という文化をより深くより広く体験できます。
美しく、奥深く、多彩で魅力的な椿の世界。
これからも椿という文化を楽しみたいと思っています。

出雲大社と周辺の椿

地元の椿友の案内で出雲大社とその周辺の椿を見て回りました。地元民ならではの椿スポットに普段の観光とは違う椿巡りを楽しむことができました。

出雲大社北島国造館

まずは出雲大社と思いきや、東隣にある出雲大社北島国造館御神殿にお参りです。

出雲大社北島國造館 20180312

境内の奥側には天穂日命(アメノホヒノミコト)社と稲荷社と荒神社があり、その背後に大きな椿の木が数本ありました。花盛りを迎えて枝々に濃い紅の花をどっさりつけた椿は、それと同じくらいの数の咲き終わった花を地上に落としています。朝の静けさの中で、ようやく林に差し込んだばかりの朝日に浮かび上がる赤い花は神秘的でした。

出雲教北島家 荒神社 20180312
出雲大社北島國造館 荒神社 20180312
出雲教北島家 荒神社 20180312
出雲大社北島國造館 荒神社 20180312
出雲教北島家 荒神社 20180312

出雲大社境内

それから出雲大社にお参りし、二ノ鳥居付近を散策しても目がゆくのはやっぱり椿。参道のヤブツバキは、きりりと赤い花弁、純白ですっきり伸びた花糸、真黄色の葯という花姿。同行の椿友と「やっぱりヤブはいいよね」などと話しながらのんきに歩く至福の時です。

出雲大社 20180312
出雲大社 20180312

出雲手斧神社

稲佐の浜を見下ろす奉納山公園の山頂にある出雲手斧神社の境内も椿がたくさん見られました。

出雲手斧神社20180312
出雲手斧神社20180312
出雲手斧神社より稲佐の浜20180312
出雲手斧神社より稲佐の浜20180312
出雲手斧神社20180312
出雲手斧神社20180312

祭神は手置帆負命(タオキホオイ)と彦狭知命(ヒコサシリ)の二柱の神々で、天照大神(アマテラス)の御殿(みあらか)を造営したり、国譲りの折に巨大神殿(出雲大社)を造営を行ったとされる建築の神様です。

出雲手斧神社20180312
出雲手斧神社20180312

出雲阿国の墓付近

次いで向かったのは出雲阿国の墓近く。案内役である地元のYさんのフィールドワークの場所です。面白いことにこのあたりのヤブツバキは、花も葉も1本ごとに違うのではというくらいに多様でした。例えば深い赤色の花、形の良い花、花弁が肉厚な花、閉じ芯、蕊が太目や細目などなど。葉も幅広で丸く美しい形、細長めなど様々。フィールドワーク好きの私には本当に楽しい時間でした。

日御碕神社

島根半島の西端に位置する日御碕神社は、『出雲国風土記』に「美佐伎社」と記される神社。天照大御神(アマテラスオオミカミ)を祀る下の宮「日沉宮(ひしずみのみや)」と、素盞嗚尊(スサノオノミコト)を祀る上の宮「神の宮」の二社からなり、両本社を総称して「日御碕神社」と呼ばれます。現在の朱色が鮮やかな本殿は徳川家光の命により、松江藩が1寛永11年(634)に着手し1644年に完成させたもの。

本殿には月星日の3光や椿の彫り物が飾られています。

日御碕神社20180312
日御碕神社20180312
日御碕神社20180312
日御碕神社20180312

データベース&アクセス

【名称】出雲大社北島国造館
【所在】〒699-0701 島根県出雲市大社町杵築東194
【公式サイト】http://www.izumokyou.or.jp/main.html
【アクセス】出雲大社拝殿手前で向かって右手へ。
・一畑電車出雲大社前駅より徒歩15分。・山陰道出雲ICより車で20分。
・JR出雲市駅よりタクシーで20~25分。・出雲空港よりタクシーで40~50分。

【名称】出雲大社
【所在】〒699-0701 島根県出雲市大社町杵築東195
【備考】
・問い合わせ:TEL 0853-53-3100(代表) 8:30~17:00
【公式サイト】https://www.izumo-kankou.gr.jp/
【アクセス】
・一畑電車出雲大社前駅より徒歩15分。・山陰道出雲ICより車で20分。
・JR出雲市駅よりタクシーで20~25分。・出雲空港よりタクシーで40~50分。

【名称】出雲手斧神社
【所在】島根県出雲市大社町杵築北2843-13
【アクセス】
出雲大社の大鳥居前から国道29号線(日本海に抜ける方面)の北、稲佐の浜を見下ろす奉納山公園の山頂

【名称】日御碕神社
【所在】出雲市大社町日御碕455
【備考】
・問い合わせ:TEL 0853-54-5261 8:30~16:30 、参拝はどの時間帯でも可能
【公式サイト】https://www.izumo-kankou.gr.jp/
【アクセス】
JR出雲市駅より日御碕行きバス終点下車。徒歩1分

満願寺の玉椿と椿襖絵

玉椿 満願寺20180310

宍道湖を望む松江の満願寺は弘法大師開祖と伝わる古刹です。戦国時代には毛利元就が尼子氏との合戦時に陣を敷いたとされ、その元就が植えたと伝わるのが玉椿と呼ばれる古木です。また満願寺には縁起を題材にした椿の屏風絵があります。

満願寺玉椿

満願寺の玉椿は、元は周囲150cm、樹高約5mあり、庭に大きく傘を広げていたそうですが、年々樹勢が落ち、2018年に訪問した際、先日の雪で大きな枝が折れてしまったと住職から伺いました。

玉椿は永禄7年(1565)に毛利元就お手植えの伝承が残ります。正しければ樹齢は450年以上になります。胴回りから樹齢を推算すると、150cm÷3≒樹齢500年となるのでほぼあっているのではないでしょうか。

玉椿 満願寺20180310
玉椿 満願寺20180310
玉椿 満願寺20180310
玉椿 満願寺20180310
玉椿 満願寺20180310
玉椿 満願寺20180310

椿友達のツアーで訪問し金田範由御住職のおもてなしを受けました。室内に飾られた写真で見る玉椿の往年の姿は堂々たる古木でした。「木全体に赤く花が咲き、鮮やかでした」と金田住職は懐かしみます。現在その雄姿を見られないことは残念ですが、敷地内の各所に二世を育てているそうです。

また公式サイトによると、この椿は安藤芳顕氏によりイタリアの椿協会会長アントニー・セレベシ博士に送られたとのこと。今頃イタリアで花を咲かせているのでしょうか。

もう一つ、白椿の古木もあったそうですが、こちらも本堂建て替えの際に枯れたので、現在その子供たちを育成中だそうです。

境内には山陰のヤブつばきも200本以上あります。

また近年、園芸品種の鉢植え椿を増やして飾り、その数は240種にも及ぶとか。様々な椿が来る者の目を楽しませてくれます。

玉椿 満願寺20180310

玄関先には先日の雪で折れたという玉椿の枝が活けてありました。花は濃いピンク色、八重の中輪でした。

玉椿 満願寺20180310
玉椿 満願寺20180310

玄関を入ると真正面に4面の襖いっぱいに描かれた巨大な椿が出迎えてくれます。よく見ると右端に人のような姿の椿の妖精が。

椿襖絵「椿の妖精(椿一輪)」満願寺玄関の間20180310
椿襖絵「椿の妖精(椿一輪)」満願寺玄関の間20180310

足元に目を転じると畳縁も椿柄で、これには「我が家の畳も」と色めきたつ声が上がりました。毛利元就ゆかりの玉椿の寺としての意気込みが感じられます。

椿の襖絵

高野山真言宗金亀山清浄院満願寺の歴史は古く、平安時代、淳和天皇の御代(828~832)に真言宗の開祖、弘法大師空海上人によって開山しました。その縁起が本堂に至る途中の部屋の襖にろうけつ染めで描かれています。

縁起によると、空海上人は杵築(出雲)大社へ参拝しようとこの地を通った時、山頂からの眺めがあまりに風光明媚で清らかであったことから暫く逗留することにしたそうです。逗留中に刻んだのが満願寺の本尊である聖観世音自在施無畏菩薩座像でした。入仏加持開眼供養をするとに、わかに宍道湖の水面がざわめきたち、水柱と共に数尋の竜神が現れました。空海上人が竜神に向かって仏道を説くと、竜神は五色の大亀と変じ、背に金の釜を負って大師に捧げました。

この不思議な出来事に空海上人は、この清浄の地である神国出雲に来て祈願が通じ満足したとして、この寺を金亀山清浄院満願寺と名づけたられたのだそうです。

襖絵は全部で4題あります。工芸作家の藤田佳子氏の手によるもので、全てに椿が描かれています。

玄関の間は、「椿の妖精(椿一輪)」(襖4枚)

椿襖絵「椿の妖精(椿一輪)」満願寺玄関の間20180310
椿襖絵「椿の妖精(椿一輪)」満願寺玄関の間20180310
椿襖絵「椿の妖精(椿一輪)」満願寺玄関の間20180310
椿襖絵「椿の妖精(椿一輪)」満願寺玄関の間20180310

中の間は、「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」(襖10枚)。この部屋の正面鴨居上には「椿の光背と聖観」の絵もあります。

椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310
椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310
椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310
椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310
椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310
椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310
椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310
椿襖絵「元就白椿(湖にうつる水天と白椿」満願寺中の間20180310

縁起の間は、「金亀山清浄院満願寺縁起・襖絵」(襖8枚)

椿襖絵「金亀山清浄院満願寺縁起・襖絵」満願寺縁起の間20180310
椿襖絵「金亀山清浄院満願寺縁起・襖絵」満願寺縁起の間20180310
椿襖絵「金亀山清浄院満願寺縁起・襖絵」満願寺縁起の間20180310
椿襖絵「金亀山清浄院満願寺縁起・襖絵」満願寺縁起の間20180310

書院の間は、「玉椿と不動尊」(襖4枚)

椿襖絵「玉椿と不動尊」満願寺書院の間20180310
椿襖絵「玉椿と不動尊」満願寺書院の間20180310

寺の縁起や毛利元就を題材にした絵には白椿が、大椿と不動明王の絵には赤椿が描かれていました。ヤマモモの汁を使ったという赤い染料は退色していましたが、のびのびとした絵柄が縁起の世界観に良く合っており、見ごたえがありました。

椿襖絵「玉椿と不動尊」満願寺書院の間20180310
椿襖絵「玉椿と不動尊」満願寺書院の間20180310
椿襖絵「玉椿と不動尊」満願寺書院の間20180310
椿襖絵「玉椿と不動尊」満願寺書院の間20180310

古刹である万願寺には、満願寺開基の頃、つまり天長9年(832)よりあると伝わる古木の大銀杏があります。古くは出雲観音霊場札打巡拝者や観音信者の目印とされたそうで、度重なる落雷にも朽ちることなく寺の火難除け・雷除けとされてきました。目通り周囲5.2メートル、かつては樹高20メートルとの堂々たるでしたが、枯渇と落雷で今はやや小さくなっています。

万願寺から宿への移動はちょうど日没頃となりました。「嫁が島越しにみる夕日が一段と綺麗ですよ」と案内してくれた地元の椿友の言葉どおり、宍道湖に沈む落日の景色は心にしみる情景でした。

データベース

【名称】満願寺玉椿
【大きさ・形状】元は周囲150cm、樹高約5m、庭に大きく傘を広げていたが、年々樹勢が落ち、2018年の雪で大きな枝が折れた。現在は枝の広がりも盛りの四分の一ほどになっている。
【花、葉】花は濃桃色、八重咲、中輪。
【樹齢】約500年
【花期】 花の見頃は3月中頃~4月初旬
【所在】〒690-0122 島根県松江市西浜佐陀町879
【備考】
・問い合わせ:0852-36-8483
【公式サイト】https://matsue-manganji.jp/

参考文献

【椿の名所】城南宮の梅と椿

しだれ梅と椿まつり

城南宮神苑の春の山では、2月から3月にかけて、150本ものしだれ梅が咲いて春の訪れを告げます。 庭を埋め尽くす紅色、白、薄紅色の梅花はそれだけでも美しいのですが、椿の花が加わると一段と風情のある景色となります。

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【椿の名所】霊鑑寺門跡の古木椿

尼門跡寺院「谷の御所」あるいは「椿の寺」と呼ばれる霊鑑寺は、承応3年(1654)に後水尾天皇の皇女を開基として創建され歴代皇女が住職を務めました。後水尾天皇は椿の大愛好者でした。境内には創建当初からあったと伝わる椿が十数本もあります。

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【椿の名所】法然院の三銘椿

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【椿の名所】地蔵院の五色八重散椿

地蔵院五色八重散椿20200324

「椿寺」と呼ばれるお寺は他にもありますが、誰もが思い起こす椿寺といえばここ京都の浄土宗寺院昆陽山地蔵院ではないでしょうか。椿寺の愛称はこの寺にある五色八重散椿に由来することに他なりません。今この寺にあるのは二代目の椿です。

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【椿の名所】二条城の椿

ユネスコ世界遺産(1994年)である二条城。国宝の二の丸御殿や重要文化財の唐門をはじめ、日本の歴史にかかわる重要な文化財の建造物や庭が数々あります。あまり知られていませんが、その一角に数百本の椿が植えられています。

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